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社説・コラム

『潮流』 平和の輪

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 「被爆者の思いを受け止め、表現しようとする米国の人たちから新たな意欲と創作のヒントをもらったんです」。被爆者で七宝作家の田中稔子さん(81)=広島市東区=が、自宅で制作中の壁面作品「ピースリング(平和の輪)」を見せてくれた。縦60センチ、横165センチ。ピースマークと「動かない鳥」ハシビロコウをあしらったデザインに、核兵器なき世界への揺るがぬ願いを託す。

 「意欲と創作のヒント」のきっかけは、米国内の枯山水庭園から依頼され、国連が定める国際平和デーの21日に合わせてレーキ(熊手)で引く砂紋をデザインしたことだった。被爆者と原爆使用国の市民が、共感し合いながら平和の大切さを発信する機会となる。日本から遠く離れた国での体験継承の取り組みが、被爆者に新たな力を与えている。取材しながら胸が熱くなった。

 国内外で体験証言を重ねる田中さんだが、「あの日」に始まるつらい記憶をあえて語る一歩を踏み出すまで、数十年の時間を要したという。平和活動を支えるのは「核兵器を条約で禁止し、廃絶することは生き残った者の務め」という思いである。

 その核兵器禁止条約は、各国の加盟手続き開始から20日で3年を迎える。現時点の加盟国は44。あと6カ国で発効だ。究極の非人道兵器をゼロに、と旗幟(きし)鮮明にした国々の輪はコロナ禍でも徐々に広がっている。

 しかし米国の「核の傘」を求める日本は、条約に背を向けたまま。発効にこぎ着け、市民や被爆者が悲願の実現に歓喜する瞬間、被爆国の存在感はあまりに薄くなるだろう。昨日発足した菅義偉政権は、どれだけ重く受け止めるか。

 被爆者が描く「平和の輪」に日本が進んで加わる日はいつ―。私たちは問い続けなければならない。田中さんは来月1~7日、福屋広島駅前店のギャラリーで作品を展示する。

(2020年9月17日朝刊掲載)

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