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社説・コラム

天風録 『ミキソウ・イワサ』

 先週、国連総会の会合でビデオ演説をしたコロンビアの外相が広島の被爆者の名前を口にした。ミキソウ・イワサ。「生涯をかけ、被爆体験を通じて核廃絶の必要性を世界に訴えた」と▲日本被団協の代表委員を務め、91歳で先月他界した岩佐幹三さんである。母は倒れた家の下で猛火にのまれ、妹は行方知れず。後に二人に宛てた岩佐さんの手紙が平和記念公園内の追悼祈念館に残っている。母を見殺しにした後悔なのか、いまも原子野の悪夢で目覚めるとつづる▲16歳で原爆孤児となった岩佐少年は大学に進み、金沢大で教壇に立つ。県外出身者を「遠所者(えんじょもん)」と冷ややかに呼ぶ方言もある中、被爆者を掘り起こす。仲間を検診で広島に向かわせる派遣費の募金にも汗した▲戦後の記憶を手繰る時、ふと「僕の人生、つらかったなぁ」と漏らすこともあったという。それでも、へこたれずにきた半生は誇らしかったに違いない。「私は、草の根」が口癖だった▲核兵器禁止条約を批准する輪が広がり続ける。同じ目に誰も遭わせたくないという被爆者の悲願。年明けの発効を心待ちにする声が高まる。踏まれても、まき続けた岩佐さんの種が地球のあちこちで芽吹いている。

(2020年10月5日朝刊掲載)

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