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社説・コラム

ヒロシマと世界:核兵器の使用は「人類に対する犯罪」

■レベッカ・ジョンソン氏 アクロニム研究所長(英国)

ジョンソン氏 プロフィル
 1954年10月、英国シュロップシャー生まれ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学で博士号(国際関係・多国間外交)を取得。長年にわたり、平和・女性問題にかかわる運動に参加。1982年から1987年まで、グリーナムコモン女性平和キャンプで生活し運営に携わる。1985年には核兵器開発拠点施設そばで、オルダーマストン女性平和キャンプを共同で設立。2004年から2006年まで、国際大量破壊兵器委員会顧問。2007年から中堅国家構想の専門相談役。アクロニム研究所が発行する国際ジャーナル誌「軍縮外交」の編集長も務める。


核兵器の使用を「人類に対する犯罪」と見なすべき時が来た


 英国のゴードン・ブラウン首相は3月17日、核エネルギーの推進に関連して、核軍縮と核不拡散の必要性に言及する重要な施政方針演説をした。首相は、不拡散強化のための段階を示した「2010年への道程」と、「非核保有国の信頼を得る方策を通じ、すべての核保有国による軍縮推進のための確かなロードマップ」を英国政府が打ち出すと約束した。

 その数週間前、デービッド・ミリバンド外相は、「核の影を除く―核兵器廃絶のための条件の創出」というタイトルで報告書を出した。外務省の報告書は「英国は核兵器のない世界というビジョンを共有する各国政府、国際機関、非政府組織、企業からなる幅広い連立体制を構築し、目標を実現させるための合意形成に向けて尽力している」とうたっている。

 多くの人々は、このことをもって英国が核軍縮に向け世界の先頭に立っていると思うであろう。本当にそうであればどれほどよいことだろう。核兵器のない世界を願うブラウン首相やミリバンド外相の表明は、誠実なものであろう。しかし、発言と行動の間には実に大きな食い違いがある。というのも、国内外からの圧力により英国政府がその方針を変更しない限り、将来の安全保障にとって「不可欠」との理由から、政府は新世代の核兵器搭載潜水艦を造るために何十億ポンドもの予算を間もなく計上することになっているからだ。

 トニー・ブレア前首相は任期終了を控えた2007年3月、英国が2050年以降も新世代の核兵器を確実に配備できるようにするため、「トライデントの後継」を調達するという「原則的」決定を無理やり議会で通過させた。懐疑的な国会議員たちを説得するため、政府は同時に「核拡散防止条約(NPT)第6条に定められた英国の軍縮義務を遂行するため、さらなる策を講じる」と約束した。トライデントの更新には、与党(労働党)の95人と、スコットランド選出の大多数の議員が反対票を投じた。このことは、次の点からも重要である。トライデントの核弾頭の貯蔵基地と原子力潜水艦の母港がクールポートとファスレーンにあり、この二つはスコットランド最大の都市グラスゴーから55キロほどの距離にある海軍基地だからだ。

 トライデントの更新に賛成するよう議員たちを説得するのに一役買って以後、当時のマーガレット・ベケット外相とデス・ブラウン国防相は、核兵器のない世界のために、英国が「軍縮の実験室」になるべきだと公のスピーチで提案した。二人の大臣は、ゴードン・ブラウン首相になって他の人物と交代した。ミリバンド外相は、前任者の思いを共有しているが、新しいジョン・ハットン国防相は、労働党の国会議員の中で最も熱心なトライデント擁護者である。ハットン国防相は、トライデントの更新に大きな既得権益が絡んでいる。彼の選挙区には新しい潜水艦を建造するバロー造船所があるからだ。ハットン氏にとって、トライデントの更新は彼の有権者たちに仕事とお金が落ちることを意味している。しかし、英国のそれ以外の地域にとっては、何十億ポンドという貴重な税金が必要のない、使用不可能な、欲してもいない、核による危険な時代を長引かせるだけの兵器に使われることにしかならない。

 英国政府は、トライデントの更新に対する圧倒的な反対意見(スコットランドでは80%以上)にもかかわらず、2007年3月のトライデント更新決定を取り消す、もしくは少なくとも再検討するようにという軍の元高官やスコットランド政府、多くの政策指導者やNGOからの要求を無視し続けている。一方で議会投票が行われてからこの2年間に、21世紀の安全保障における核抑止の有効性について、ヘンリー・キッシンジャー氏やジョージ・シュルツ氏ら著名なアメリカ人が疑問を呈するようになった。初めて政治家や、防衛・査察担当の専門家たちが、目標を軍備管理にとどめるのではなく、核兵器廃絶の実現性について議論をしているときにである。

 核兵器の価値を真に低下させ、社会的に無用の長物とみなされる転換点へと世界を導くために、英国は重要な役割を果たすことができる。だが、そうするだろうか…。英国の指導者たちは正しい言葉を口にするが、必要な一歩を自国が踏み出すに足るだけの勇気に欠けているようだ。

 英国の核兵器への依存度は低くなりつつある。しかし、政府はいまだにトライデントの更新をキャンセルすると、防衛体制が十分でないと非難されるのではないかと恐れている。核兵器に固執する者こそ、私たちの安全保障の強化に役立たない恐怖の兵器のために資源を無駄にしているのである。核兵器の使用は、先制攻撃であれ報復攻撃であれ、非人道的で、無差別で、取り返しのつかない環境破壊を引き起こす。言い換えれば、それは「人類に対する犯罪」である。が、そのことを周知するには、まだ多くのことがなされなければならない。

 英国の市民社会は、核兵器の製造や配備に反対するうえで影響力を持ってきた。2006年から2007年にかけて、スコットランド市民をはじめ、広島や長崎を含め世界各地から集まった人々は、ファスレーン基地にあるトライデントに反対する団体「ファスレーン365」が実施した通年にわたる平和的抗議行動に参加した。延べ数千人が逮捕された。彼らは法を犯したのではなく、むしろ国際法や人道法、道徳律を遵守しているのだと主張した。そして警察の留置場で一晩か二晩過ごした後に、ほとんどすべての容疑は取り下げられた。

 この「ファスレーン365」の抗議行動も手伝って、スコットランド議会ではトライデントの更新に反対する議員が過半数を占める。その結果、英国政府はスコットランドの人々の願いを聞き入れ、NPTの履行義務を果たし、トライデントを無くすかを検証するために「核兵器のないスコットランドに関する作業部会」を立ち上げざるを得なくなった。

 オバマ米大統領も核兵器廃絶への支持を表明しているが、核ドクトリンの縛りを緩めるためには同盟国からの協力が必要であろう。日本や北大西洋条約機構(NATO)加盟国は、米国に対して「核の傘」を差し伸べてもらう必要も、核兵器を共有する必要もないことをより積極的に示す必要がある。安全保障や抑止のための手段はほかにいくらでもある。現在、米国の核兵器に依存している国々は、21世紀の脅威に対応するため自国の同盟関係の在り方や、安全保障体制を見直す必要がある。

   60年の歳月を経た今、NATOはヨーロッパでの戦術核兵器の配備をやめ、核の危険を減らすべきときである。過去において核抑止がどのような役目を果たしてきたにしろ、日本やNATO諸国と米国の同盟関係は、現在の形から核兵器を取り去った方が、はるかに健康的なものになる。もし米国の核兵器削減の努力が、核を持たない同盟国の根拠のない杞憂(きゆう)のために妨げられるようなことになれば、最悪かつ最も悲しい皮肉というほかない。

 もし私たちが核兵器のない世界を実現したいと思うのであれば、安全で確実に世界中の核兵器をなくすための義務と課題を成文化した「核兵器禁止条約」の成立に向け、基盤づくりに真剣に取り組まなければならない。長い間、あまりにも理想主義的だとして片付けられてきた「核兵器禁止条約」の概念が、潘基文(バンキムン)国連事務総長の最近のスピーチでも言及されたように、今では非常に真剣に受け止められている。世界の進歩的な政府や市民社会が連携を取りながら、包括的核兵器禁止条約が実際的で達成可能な目標であることを示す必要がある。

 核兵器を禁止し、廃絶するための多国間交渉には時間がかかり、複雑な査察体制を必要とする。しかし、その実現を待つまでに今なすべき極めて重要なことは、誰であれ、どのような目的であれ、核兵器の使用は「人類に対する犯罪である」と宣言することであろう。そして、この宣言は同時に、核兵器の脅威を受けたり、攻撃されたりした人々を助け、その違反者や核兵器の提供者に法の裁きを受けさせる普遍的責務を伴うものであるべきだ。

 必要な資源と決意さえあれば、核兵器禁止条約は多くの人が考える以上に早く実現できるはずである。賢明な国はこの可能性に備え、決して使用されてはならない核兵器の近代化に膨大な資金を浪費する代わりに、自国の真の安全保障問題を解決するために資源を割り当てるべきである。

 2月にロンドンの高等法院は、オルダーマストン核兵器施設において、「女性平和キャンプ」を継続して毎月開催する権利を支持した。私は24年前、ここから数マイル離れたグリーナムコモン米軍基地そばに住んでいたとき、この平和キャンプを設立した。現在、オルダーマストンの平和キャンプは、トライデントの更新を阻止しようとする運動の先頭に立っており、グリーナムコモンは「共有地」に戻された。

 わずか25年前には、核兵器搭載機や巡航ミサイルがごう音を立てていた場所を、人々が子どもや犬を連れて散歩し、珍しいエクスムア種のポニーの群れが草地を横切って走っている。この光景は、人々が心から望むならば、何が達成できるかを示している。核兵器のない世界は、政治家たちが美辞麗句をつらねたスピーチの中で描いてみせる空想ではない。今やそれは、現実的な安全保障として緊急になすべきことなのだ。その実現のために私たちは共に働かなければならない。核保有国と非核保有国の市民が力を合わせ、私たちを核戦争の人質にとるような安全保障政策を明確に拒否する必要がある。

(2009年4月14日朝刊掲載)

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