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社説・コラム

『言』 原爆投下肯定論 歴史のうそ 見抜くべきだ

◆映画監督 オリバー・ストーンさん

 原爆が第2次大戦の終結に必要だった、というのはうそだ―。米国の現代史がはらむ「神話」の数々を暴こうと、映画監督のオリバー・ストーンさん(66)が共同制作したドキュメンタリー番組と同名の著書が日米両国で話題になっている。米国民に何を訴えたいのか。日本で伝えたいことは。原爆の日に合わせて広島市を訪れた機会に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、写真・室井靖司)

  ―広島訪問は初めてだそうですね。
 これまで原爆について大量の資料や本を読んできましたが、原爆資料館の中を歩き、被爆者の体験を聞いてこそ得られるものを感じ取っています。一発の爆弾で瞬時に都市が吹き飛ばされる恐怖はどんなものとも比較できない。あの日の悲惨と、今日の繁栄との対照的な姿に強烈な印象を受けています。

 ―英語の原題は「語られていないアメリカ史」。どんな意図を込めていますか。
 都合よく美化された歴史の「神話」を見抜き、真実と向き合うべきだということです。最たる例が原爆投下でしょう。子どもたちは学校で「米国は原爆を落とし、日本との戦争に勝った」と教わるだけなのです。真実を学んだことになりません。かくいう私も、ベトナム戦争の従軍体験から映画「プラトーン」を製作した40歳ごろまでは歴史の「神話」にとらわれていましたが。

 ―原爆投下は倫理的に許されないだけでなく、軍事的にも不要だったと説いていますね。
 トルーマン大統領が投下を決定するまでの経緯を検証すれば明らかです。政権内では多くの軍幹部が、空襲を受けて疲弊し、降伏寸前だった日本に原爆を使っても意味がないと進言していました。それでも耳を貸さなかったのは、対日参戦へと動いていたソ連をけん制するためでした。一方、日本が無条件降伏を決断したのも、8月9日のソ連参戦に衝撃を受けたからではないでしょうか。

 ―日本では専門家の間で広く支持されている見方ではあります。米国ではどうですか。
 ごく一部の歴史家が注目するにとどまっています。国民には全く知られていませんし、そもそも関心がありません。学校の教科書は8月9日の長崎への原爆投下は教えますが、ソ連参戦に触れません。だからこそドキュメンタリー番組や本を全力で世に広め、史実を知ってもらいたいと思います。

 ―本当はトルーマンではなく、別の政治家が大統領になってもおかしくなかったという指摘に驚きました。
 原爆投下の前年のことです。当時のウォレス副大統領が、次期も民主党の候補に指名されると目されていました。人種差別に反対し、外交路線も融和的でした。庶民の絶大な人気を集めていました。

 しかし反対勢力がトルーマンを擁立するとともに、強引な工作を仕掛けてウォレスを引きずり下ろしたのです。トルーマンは民主党の副大統領候補になっただけでなく、最終的にはルーズベルトの急死により大統領に昇格してしまいました。

 ―もしもウォレスが副大統領になっていたら、と想像してしまいます。
 ウォレスは、戦後もトルーマンの対ソ強硬姿勢に痛烈な批判を加えた人物です。彼が政権に就いていたら、米国は原爆を落としていたでしょうか。冷戦に突き進んでいたでしょうか。歴史は変わっていたかもしれません。ところが、米国でもその名前はすっかり忘れ去られています。原爆投下は不可避だったとするには都合が悪い事実を掘り起こしたのが、ドキュメンタリー番組を共同制作した米アメリカン大のピーター・カズニック准教授でした。

  ―原爆投下は必要なかったのなら、米国は被爆者に謝罪すべきだと思いますか。
 核兵器廃絶を唱えたオバマ大統領も、1期目から側近を右派で固め、結局は期待を裏切る結果になっています。米国の政治はパワーの世界。譲歩の姿勢を見せるだけで弱い人間だと攻撃されます。良心があるなら、原爆投下への謝罪は当然すべきです。ただ、軍部や強硬派が黙っていない。難しいでしょう。

オリバー・ストーン
 ニューヨーク市生まれ。エール大中退。ニューヨーク大で映画製作を学ぶ。「プラトーン」「7月4日に生まれて」でアカデミー監督賞を受賞。代表作に「JFK」「ウォール街」など。30年代からオバマ政権までの時代を描くドキュメンタリー番組「オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史」を12年、米アメリカン大のカズニック准教授と共同制作。同名の著書の日本語訳も早川書房から出版し、今回カズニック准教授と来日した。

(2013年8月7日朝刊掲載)

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