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連載・特集

「放影研60年」 第2部 被爆2世 <1> 研究の到達点

■記者 石川昌義

超えられぬ「人知の壁」

 親の被爆は子の健康に影響するのか、しないのか―。被爆2世1万人以上の健康診断を踏まえ、放射線影響研究所(放影研、広島市南区)が2月28日に発表した最新の調査結果は「統計学的な有意差(明確な差)はない」だった。だがそれは、遺伝的影響を完全に解明したわけではない。そして断定できない以上、2世の不安は消えない。放影研60年の調査の歩みと限界を振り返りながら、被爆2世の今を追う。

 「遺伝的な影響の有無を言い切るのは、至難の業」。波静かな広島湾を望む広島市佐伯区の自宅マンションで、放影研の元遺伝学部長阿波章夫さん(74)が淡々と語る。数日後、放影研が発表した被爆2世の調査結果は、その予想通りだった。

 2世が生活習慣病を患う可能性(発症リスク)について、非被爆者の子との有意差は現段階ではない―。放影研の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)が新生児の出産異常の調査を広島、長崎で始めた1948年以来、繰り返された2世対象の調査結果は、今回も大筋で変わらなかった。「現段階では」と留保する点でも共通する。

 40年前、北海道大で染色体の研究を続けていた阿波さんはABCCに着任した。すぐ耳にしたのは、被爆を乗り越え、わが子を授かった親たちの悲痛な訴えだった。

 調査対象者に近況を尋ねる電話相談。受話器越しの声は「子どもの健康不安」に震えていた。風邪をひきやすい、しょっちゅう鼻血を出す…。子どものわずかな体調変化にも「私が被爆したせいかもしれない」と憂い悩む親に、阿波さんは染色体検査を勧めた。「異常なしの報告書を見せると、どの親の表情も明るくなった」と振り返る。

 しかし、個々のケースは診断できても、すべての被爆2世の遺伝的影響を否定することはできない。放射線が遺伝子や発病メカニズムにどう影響するか、現代医学でも詳細は解明できていない。

 科学の限界を思い知る一方、社会的な反響の大きさを思うと「影響が見つからなくてよかった」とも阿波さんは言う。その苦悩は現在の放影研にも引き継がれている。

 放影研が最新の被爆2世調査結果を発表した2月28日。「影響はない、ということですか」と繰り返し尋ねる報道陣に、大久保利晃理事長は「違います。『現段階では』を外さないでほしい」と念を押した。会見後にはこうつぶやいた。「影響がないと断言するのがどれほど難しいか」

 放影研が把握している2世は約7万7千人。うち希望した1万1951人を対象に、今回の調査では初めて健康診断をした。その臨床データを解析しても、各人各様の生活習慣などにも影響され、動物実験では確認できる遺伝的影響を、あるとも言えず、ないとも言えない。

 そんな「人知の壁」に阿波さんも、もどかしさをこぼす。「だからといって、原爆投下という実験を2度と繰り返すわけには、絶対にいかない」

 放影研には今、2世1万1609人の血液が低温保存されている。「何としても解明を」との2世の強い意志がこもるのだろう。健診対象者の97%が、将来のためにと保存を承諾した。

 「調査はさらに続けなければならない。やめるとすれば、原爆の当事者である米国と日本の責任放棄だし、人類の恥ですよ」。今も在野で研究を続ける阿波さんは、日米共同運営の古巣に、そうメッセージを送る。

(2007年3月21日朝刊掲載)

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