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連載・特集

「放影研60年」 第2部 被爆2世 <4> ネットで語る

■記者 石川昌義

率直な声共有 小さな輪

 栃木県佐野市の主婦「ゆっきー」さん(38)は昨年7月、インターネットの会員制サイト・ミクシィに、「被爆者2世の会」というコミュニティーを立ち上げた。会員数が800万人を超す同サイトのなかで、52人が情報や意見を交換する小さな掲示板だ。

 「被爆の影響はいつまで続くのか。2世や3世にどんな影響を与えるのか。それを知りたい」。キーボードをたたき、日記をつづる。

 父(69)は広島で被爆した。東京・浅草生まれのゆっきーさんが被爆2世であることを意識したきっかけは、小学4年で経験した甲状腺の腫瘍(しゅよう)摘出手術だった。その後、チェルノブイリ原発事故。現地の子どもたちに甲状腺疾患が多発していると知った。不安が胸を覆った。

 「何で被爆したの、と父を責めたこともありました。父はじっと黙っていました」。ゆっきーさんは10代を振り返る。3年前に長女を出産してから、あらためて放射線の遺伝的影響の問題を強く意識するようになった。

 同じ立場にいる2世の生の声を聞きたい―。ネットに自分の思いをぶつける。

 印象に残るやりとりがある。昨年8月9日、長崎市での平和祈念式典。白血病で亡くなった息子の死因を「原爆のせい」とし、2世や3世の援護の必要性を呼び掛けた被爆者の訴えが、議論になった。

 「医学的根拠はない」「偏見や差別を生む」などと、否定的な書き込みが続いた。「怖いものは怖い。それが言えなくなったら、原爆体験は途絶える」と主張する人もいた。ゆっきーさんにとっては、「今まで考えも及ばなかった複雑な問題」に触れる契機になった。

 ネットは新たな出会いも生む。昨年11月、東京の専門学校で映像制作を学ぶ若者が、コミュニティーにメッセージを寄せた。「被爆体験の継承」をテーマにした卒業制作番組に、2世の協力を依頼する内容だった。

 応じたのは、広島市安佐北区の団体役員「pianocat」さん(51)。両親の被爆状況を語った。劣化ウラン弾の廃絶運動にかかわっていることも話した。「2世の存在を知ろうとしている若者とつながることができた。それがうれしかった」。番組は近く完成する。

 ミクシィでは数千人が参加するコミュニティーも珍しくない。52人の「被爆者2世の会」は小さな動きだ。今年2月末、遺伝的影響について断言できなかった放射線影響研究所(放影研)の被爆2世調査の結果が発表されても、掲示板での反応は鈍かった。

 それでも、少しずつではあっても、「積極的に声を上げたい」「語り継ぎたい」との書き込みが続く。「2世はみんな、本当のことがわからない不安があると思う。本音で語り合いたい」。ゆっきーさんは意を強くしている。

(2007年3月25日朝刊掲載)

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