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連載・特集

3・11とヒロシマ <上> 東京大大学院教授 川本隆史さん

■記者 道面雅量

被災の姿「解きほぐし」を

 被爆から66年を迎えるヒロシマと、3月11日に発生した東日本大震災。破壊と犠牲、放射能の被害など、重なり合う二つの惨禍の意味をどう捉え、どんな教訓を引き出すか。3人の識者に聞く。

 震災の死者・行方不明者は2万人を超え、福島第1原発事故の影響も広がる。巨大な悲惨と困難を前に、広島市出身の倫理学者としてヒロシマの経験に手掛かりを探す。

 「数量化された何万人の犠牲者、何兆円の被害ではなく、一人一人の具体的な被災の姿に思いをはせ、知ろうとすること。そこから共感や支援を広げられるはず」

 「がれき」とひとくくりにされる被災地の残骸も、それぞれに個人の記憶、家族や仲間の物語が秘められている。それらは、8時15分で止まった懐中時計のような、原爆資料館に収まる被爆者の遺品にもなぞらえ得る。

核戦争防ぐ力

 「世界の人々の心に響き、核戦争を防ぐ力になってきたのは、犠牲者の数ではなく個々の被爆者の物語だった」

 大災害の中の一つ一つの物語に耳を傾け、ささやかでも自分に何ができるか考え、始めてみる。それが徐々に合わさって大きな力になる―。そうした営みを「解きほぐし、編み直す」という言葉で提唱する。

 もう一つ、大震災とヒロシマを重ね、唱えている「解きほぐし」がある。惨禍の被害者としての自分たちの足元を見つめ直す営みだ。

 原発事故は、大量の放射能を空や海に広範にまき散らした。「これは人災。被爆国として放射能の怖さを最も知るはずの日本が、国策として原発を推進し、加害国になった」。国内外からの「頑張れ日本」の掛け声の中では意識に上りにくいが、それを許してきた私たちの責任を問い掛ける。

 ヒロシマもまた、軍都として一翼を担った日本の戦争加害にどう向き合うかは課題とされてきた。「原爆被災は日本の被害の象徴として、ともすると天災のように、アジアへの加害の歴史から切り離される傾向があった」

 原発事故を受け、日本被団協は脱原発の運動方針を打ち出した。各地で脱原発に向けたパレードや学習会も増えている。「それらが集まって、ヒロシマとフクシマをつなぐ『編み直し』になれば」と期待する。

未曽有の冒険

 米国の哲学者ジョン・ロールズ(1921~2002年)を研究の柱にしてきた。自由の平等な分かち合いと、社会的格差を是正する原理を唱えた「正義論」で知られるロールズは45年、占領軍の一員として被爆直後の広島を見ている。「公正な社会の像を追い求めた学究の原点に、ヒロシマへの思いもあったのでは」

 ロールズの定義によると、社会とは「互いによりよい暮らしを目指し、力を合わせる冒険的企て」という。復興の費用や労力をどうまかなうか。原発に依存しない暮らしは可能か。震災後の日本社会は未曽有の冒険へこぎ出さねばならない。

 「ヒロシマ、ナガサキ、ビキニの経験を背負う社会の責任は重い。それでも、冒険は希望の響きを宿している」

かわもと・たかし 
 1951年、広島市西区生まれ。東北大教授を経て2004年から現職。共訳書にロールズ「正義論」改訂版(紀伊国屋書店)。

(2011年8月3日朝刊掲載)

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