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連載・特集

原発事故後 相次ぎ提言 日本学術会議 広渡清吾会長に聞く

国難打開 英知活用を

 国内に84万人いる科学者を代表し、政府に独立の立場で勧告や政策提言する役割を持つ日本学術会議が3・11東日本大震災以後、復興と原発事故への対応で7次にわたる緊急提言を出した。精力的な活動の一方で、「放射線被曝(ひばく)問題など、もっと国民の不安や要望に応えた具体的な提言や活動をすべきだ」との批判や注文もある。その中で7月11日に新しく会長に選出された広渡清吾専修大法学部教授は初の人文・社会系出身の会長である。新会長に、原発をめぐる事態を打開するための科学者としての所信や抱負を聞いた。(難波健治)


≪提言≫

データ集め 全国マップ

  ―日本学術会議は8月3日、福島原発事故による放射性物質の拡散状況の科学的な調査と解明について提言しました。
 放射線量のモニタリングは、文科省、農水省などの中央省庁、都道府県単位のものもあれば、市町村のデータもある。電力事業者もやっている。学術会議は、これらのデータを集約して放射性物質拡散の全国マップを作ることを提案した。これは国民の健康被害を防止するための基本データになる。このマップ作成を踏まえてさらに総合的、長期的に放射性物質をモニタリングする恒常的な体制をつくり、調査結果をデータベース化して国際的にも公表するというのが提言の趣旨だ。

 ―緊急提言は7次にわたっています。提言は政府によって生かされていますか。
 一つ一つの対応を確認しているわけではない。いろいろな分野で復旧・復興の活動に参加する科学者は、私たちの提言をよりどころに行動するはずだ。また、政府の施策の中で実際に生かされているものが少なくない。

 ―被災地に入って活動する研究者は少なくありません。現在、個人やグループがばらばらにやっている研究を集約し、国民の不安や疑問に答える総合的な知見を示せないでしょうか。
 学術会議が動く場合、アクションよりも助言や提言という形になる。調査団を現地に派遣するのは財政的にも人的措置のうえでも難しい。学術会議は東日本大震災対策委員会を設置し、緊急の対応体制を取っている。放射線からの防護、復興のグランドデザイン、そしてエネルギー政策の選択肢の三つの分科会もつくり、提言を出している。30に上る分野別の委員会でも具体的な対策の検討を行っている。この中で、さまざまな研究活動を集約していきたい。

 ―放射能汚染地域の特定や除染作業など、当面の緊急課題での具体的な提言が求められています。
 さまざまな研究活動の積み重ねから、統一した提言がまとまればできる。ただ、学術的な見地からの提言になじむケースと、政治が責任を持って決定する問題とがある。現在の事態はまさに国難であり、学術会議ができることはなんでもやりたい。一つの問題に組織を挙げて活動しようとするのは、1949年の学術会議発足以来初めてのことだ。


≪情報≫

自らアプローチが必要

 ―海外アカデミー向けの報告(5月2日)で「われわれ自身が十分な情報を持つことができなかった」と告白されています。事故に関する情報は届かなかったのですか。
 当時の金沢一郎会長が原子力安全委員会に情報の開示を求めたが、安全委には、現場の状況を把握する十分なデータはないとのことだった。原子力安全・保安院には東京電力から事故現場のデータは届いていたのだろうが…。そんな事情のなかで海外アカデミーへの報告書をなんとか作成した。

 ―海外からの反響はありましたか。
 23カ国のアカデミーと国際学術組織から、見舞いとともに報告書の送付に感謝するメッセージが届いている。

  ―未曽有の原発事故なのに、学術会議という日本を代表する科学者コミュニティーに情報がまったくない。どう考えたらいいのでしょう。
 政府から「ここにこれだけのデータがある。これを基に今何をすべきか。学術会議で至急検討してくれ」という要請があれば、一緒に情報も出てくる。こちらから政府に対して「これをやりましょう。情報をください」と言うべきかもしれない。

 ―金沢前会長が6月17日に出した談話「放射線防護の対策を正しく理解するために」では、研究者たちからも「政府の方針をただ追認するだけだ」「科学的でない」などという批判がありました。
 国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方に対する批判が根底にあるのだと思う。放射線からの防護を考えるとき、緊急時においてリスクの内容と程度を社会的、経済的な事情も考慮して総合的に判断するのが、ICRPの考え方だ。福島の事故直後にICRPから日本の事態について勧告が出され、学術会議はこれをすぐに翻訳して公表した。これを踏まえ、「日本政府の防護対策は、ICRPの考えに基づいて作られている」と国民の理解を求めるために出した談話だった。


≪課題≫

収束への見取り図描く

 ―被爆地広島と長崎の科学者はどんな役割を果たすことができるでしょう?
 放射線防護を考えるうえで、人体に関しては広島と長崎で犠牲になられた方のデータが基礎になっている。尊い犠牲の上に積み重ねられてきた研究が、福島の被曝からの防護を進めるうえで重要なベースとなっている。

 ―低線量被曝については被爆地に十分な研究実績がない、という指摘もあります。ヒロシマはフクシマに学ぶという視点も必要かもしれません。
 科学の営みからすれば、そう言えるかもしれない。広範囲の放射線被曝が事態をより深刻にしている。

  ―事故は収束していないし、避難者は何万人もいます。戻れる見通しもありません。科学者は今、何をすべきなのか。あらためて聞かせてください。
 原子炉を廃炉にするにはどんなプロセスが必要で、克服すべきどんな問題があるのか。東電の工程表についても科学者が吟味して学術の見地から大きな見取り図を描くことができないか。政府は「避難している人は10年間帰れない」「だから土地を借り上げる」と言いだした。政府がこのような話をするときには、住民の生活と雇用をどのように確保するのか、全体の見通しをあわせて説明しなければならない。

 政府が学術会議にその検討を要請すれば、私たちは持てる力を全て出して検討を始める。要請がなくても「こういうことをやるべきだ」と政府に勧告することもある。学術会議は国の機関だが、法律によって政府への勧告権を与えられている。今、何が政府に対して的確なアドバイスになるのか。そのことを日々考えている。

ひろわたり・せいご
 1945年、福岡県生まれ。京都大法学部卒。東京大社会科学研究所所長、東京大副学長、日本学術会議副会長などを歴任。現在は専修大法学部教授。


3・11以降 会議の動き

 3・11から1週間後の18日に幹事会声明を出し、緊急集会を開いた。原発事故の状況は深刻だとして「政府、研究機関、民間、専門家の能力が一元的に機能する体制の構築が必要」と訴えた。

 第1次緊急提言が出たのは3月25日。8月3日までに7次を数える。放射線量調査の必要性を訴えた第2次提言(4月4日)では、避難地域での復興活動や避難している人たちの帰還を保証するため、大規模できめ細かい測定を、大学などの協力を得て人海作戦で実施するよう求めた。

 また、8月3日の第7次提言では、日本列島の広い範囲で、放射性物質の空間線量率▽土壌▽野生生物▽森林から河川、海洋への拡散状況▽海底堆積物▽海水―の調査を、できるだけ統一して調査するよう提言している。

日本学術会議
 1949年1月、戦後日本の復興と世界の平和を目指して設立された国の特別機関。人文、生命科学、理工の3部会があり、わが国の科学者84万人の内外に対する代表機関でもある。組織は、総理大臣によって任命された210人の会員と約2千人の連携会員で構成。日本学術会議法第5条によって政府への勧告権も認められている。

(2011年9月5日朝刊掲載)

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