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連載・特集

原子力防災の行方 島根原発30キロ圏 <下> 揺らぐ被曝医療体制

患者の増加 対応急務

 松江市南部を走る松江市乃白町の山陰道沿いに松江市立病院が立つ。1階にある約120平方メートルの「救患室」。北西へ約12キロ離れた中国電力島根原子力発電所(同市鹿島町)で事故が発生し、被曝(ひばく)した患者が出れば、この部屋に運び込まれる。

受け入れは2人

 しかし受け入れられるのは、たった2人。謝花正信診療部長(58)は「想定しているのは原発施設内で働く従業員の被曝事故。福島第1原発事故のように外部へ放射性物質が拡散し、住民を巻き込む事故に対応した施設ではない」と明かす。

 島根原発の緊急被曝医療機関として、松江赤十字病院(同市母衣町)とともに、除染などの応急処置に当たる「初期医療機関」を担う。謝花部長は「病院には広いスペースがない。多くの患者に対応する場合は、体育館などを確保し、医師を集めて一斉に治療する仕組みを早急に整える必要がある」と訴える。

 「原発からの距離でいえば、うちの重要性が高まる」。原発の南西約30キロにある島根大医学部付属病院(出雲市)の橋口尚幸救急部長(47)は自認する。福島の事故では、初期医療機関6カ所のうち3カ所が警戒区域となった原発20キロ圏内に入って機能を失い、本来の役割を果たせなかった。

 ただ、同付属病院は現在、施設やスタッフの面から入院治療を担う「2次医療機関」の協力病院にとどまる。

 8月から医師と看護師、放射線技師の計6人に緊急被曝医療を学ばせており、10月には2次機関への昇格を県に提案した。県内では放射線治療の専門知識を持つ救急医は数人にとどまり、人材養成が急務となっている。

 そして高度専門治療ができる「3次医療機関」を担うのが、島根原発から約137キロ離れた広島大病院(広島市南区)だ。高度救命救急センターの谷川攻一センター長(54)は「事故のとき、放射性物質の飛散状況を把握し、正確に病院や住民に伝えることが重要になる」と指摘する。

「情報 全くなし」

 福島の事故では、原発から約5キロにあった対策拠点「オフサイトセンター」が停電。約20キロ離れたスポーツ施設「Jヴィレッジ」(福島県広野町など)が3月15日に機能を引き継いだ。しかし、「放射線量や放射性物質の情報は全くなかった」。同16日、福島県いわき市から出雲市に避難した吉田勉子さん(70)は振り返る。

 福島を10回以上訪れた経験を踏まえ、谷川センター長は「災害対策に当たる行政機能が維持できなかったため、正確な医療情報の提供が困難となった」と問題点を挙げる。

 島根原発のオフサイトセンターは南東約9キロにあり、島根県庁に隣接する。事故対策の指令拠点となる両施設の機能維持が、最大の課題といえる。

 原発事故を想定した島根県庁の移転先について、溝口善兵衛知事は今月9日、原発30キロ圏外とする考えを示した。十分な広さと複数の通信手段の確保、ヘリコプターの離着陸スペースの有無…。「住民の安全を最大限守れる施設」(谷川センター長)の選定が急がれる。(樋口浩二)

緊急被曝(ひばく)医療機関
 除染や応急処置など外来診療にあたる「初期」、入院施設のある「2次」、高線量被曝などの専門治療ができる「3次」に区分される。島根県は地域防災計画で、初期を松江赤十字病院と松江市立病院(いずれも松江市)、2次を県立中央病院(出雲市)、3次を広島大病院(広島市南区)と放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区)に指定。2次の協力機関として島根大医学部付属病院(出雲市)を定める。

(2011年11月11日朝刊掲載)

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