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連載・特集

『生きて』 洋画家 入野忠芳さん <10> 旅に学ぶ 

大自然のサイクル実感

 30代後半からアジアを中心に海外へ旅に出る

 国内の山登りからそっちへシフトした。初めての海外はフランスで、1976年。現代日本美術展で大賞を取った後、パリであった日仏現代作家の美術展に選ばれて出品した時です。自分で行き先を選んだのは77年のインドが最初。

 コルカタに着いた夜、街の光景に衝撃を受けた。路上に延々と、数え切れないほど人が寝ている。夜が明けると物乞いが群れてきて、そばを金ピカのサリーを巻いた金持ちが通り過ぎていく。あからさまな格差の中、皆が全力で生きている。

 経済成長で見てくれはきれいになった日本とは違う風景を求めて行った。予想以上の衝撃でした。以後、インドへは10回ほど行っています。

 インド人はガンジス川を「聖なる川」とあがめる。その宇宙観に触れたくて、川の源流を訪ねてみるかと、ネパールに入ってヒマラヤ登山にも挑みました。48歳の春に初挑戦し、60歳の秋にも。標高5500メートルを超えるカラパタールまで登った。

 人の営みも含めた、大自然のサイクル。山も川も人も、一つの姿にとどまることはない。旅はそんな思いを深めてくれます。取材旅行ではないけれど、すべて画業に反映している。

 インド、ネパールのほか、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、ペルー、エジプト…。航空券だけを持った、気ままな一人旅がほとんどです。年に1回のペースで、長くて1カ月、短くて2週間。40歳になって墨の絵も始めてからは、旅報告のスケッチも描くようになった。

 文化庁の芸術家在外研修事業で中国滞在も経験した

 2002年、63歳の時。それまでにも数回、中国を旅したが、これは水墨画の研究のためです。国立の芸術大学、上海戯劇学院で3カ月研修させてもらった。

 水墨のタッチは画家の呼吸を強く反映します。この頃、空気圧縮機を使った風で油絵の具を流動させて描く「風成」シリーズを本格化させていた。その風を操る感覚は、水墨画の呼吸にも近いと思ってね。新しい油絵の模索を続けていた。

(2013年6月27日朝刊掲載)

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