×

連載・特集

ヒロシマを標(しるべ)に <下> 観光学者・追手門学院大准教授 井出明さん

「負の歴史」悲しみを共有

ネット時代こそ体験重視

 観光学を専門とする追手門学院大准教授の井出明さん(45)は、「ダークツーリズム」と呼ばれる観光スタイルを提唱する。戦争や災害、公害という人類の「負の歴史」を刻んだ土地を訪ね、死者を悼み、苦闘と悲しみの記憶を共有する旅としてである。東日本大震災以後、復興の手掛かりとしての可能性を探る。

現地ならでは

 国内外から大勢の人が訪れる広島市中区の原爆ドームと原爆資料館。旅行サイト「トリップアドバイザー」で外国人が選ぶ日本の人気観光地で2年連続1位になった。

 「原爆資料館の見学を終えて建物を出た瞬間、周りに美しい都市景観が広がる。パノラマ写真で見たばかりの焼け野原が重なり、都市を回復させる人間の力を感じる。広島に来なければ味わえない」。インターネットで世界中の情報が手に入る時代だからこそ、現地を訪ねて心身で感じる経験が重みを増す。

 「男子中学生の焼け焦げた制服などの遺品、爆風で曲がった鉄扉といった実物の資料は、市民に対して大量殺りく兵器が使われた事実を客観的に示している」。井出さんは事物に歴史を語らせる展示方法を評価する。

 その上で、歴史の多面性への視点を持つよう促す。一つの方法が、呉市の大和ミュージアムと併せて見学する旅だ。「戦艦大和を建造した海軍の歴史、海軍による技術革新が戦後の経済発展の下地となったことも分かる。近代史の多様な断片を自分の中でつなげる意義は大きい」からだ。

 今月上旬、思想家の東浩紀、社会学者の開沼博たちと共著「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」(ゲンロン)を出した。震災後の現地調査を踏まえて、原発事故から27年たったチェルノブイリの今に「観光」の切り口から迫り、福島の復興と記憶の継承の糸口を模索している。

 井出さんは著書の中で、国内外にあるダークツーリズムの地点も挙げている。ユダヤ人への迫害が行われたドイツ・ベルリンのザクセンハウゼン強制収容所、インドネシアのバンダアチェ津波博物館、東京都東村山市の国立ハンセン病資料館…。来訪者によって土地の人々も癒やしを得る。

連帯を願う声

 完成した本を届けるため、メンバーと福島県を再訪した。地元NPOの運営によって、原発周辺や、日中は立ち入り可能な居住制限区域がある富岡町を巡るツアーも始まっている。「現地へ行ってこそ、分かることは多い」。原爆の悲惨さを伝え、記憶の継承へつなげようと、広島が誘致に力を注ぐ修学旅行が持つ意味とも通じ合う。

 今も立ち入りが禁じられている原発5キロ圏内には、津波で流されて収容できないままの遺体があり、葬儀も出せない。スーパーでは県内産とそれ以外の野菜が分けて売られている。「地元の人は置き去りにされているという気持ちが強い。実情を知ってほしい、連帯をしたいと願っている」

 原爆資料館の見学を終えた井出さんは一方で、展示に疑問も投げ掛けた。「広島の医師が派遣され、被爆者医療の蓄積データを提供しているのに、福島に関する展示がないのはなぜだろう」。いち早く、放射能による福島市民への社会差別を止めるようメッセージを出した熊本県水俣市と比べ「広島は距離を取っているように映る」という。「資料館を訪れた人が、次は福島へ行ってみようと思わせるような展示があってもいい」と提案する。

 「広島はダークツーリズムの先駆けとして、培ったノウハウを震災以後の世界に提供できるのではないだろうか」。この地にしか果たせぬ役割に期待している。(渡辺敬子)

いで・あきら
 京都大大学院法学研究科修士課程、同大情報学研究科博士課程修了。近畿大助教授、首都大東京大学院准教授などを経て11年から現職。共著に「観光とまちづくり」(古今書院)など。大阪市在住。

(2013年7月30日朝刊掲載)

年別アーカイブ