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連載・特集

緑地帯 「アトム書房」を歩く 山下陽光 <5>

 1946年、原爆ドーム(旧産業奨励館)のそばにできたアトム書房は、広島市猿楽町33番地にあった。今の中区大手町1丁目、原爆で壊滅した爆心地の辺りだ。

 古くから営業する近くのたばこ店、伊勢屋さんでアトム書房について尋ねてみた。「記憶にない」とのことだったが、被爆前の猿楽町の地図を頂いた。岡本味噌(みそ)店、山本洋家具店、岩崎カメラレコード店…さまざまな店の名に見入ってしまった。

 広島の古い地図を復刻している、あき書房にも話を聞きに行った。49年、「広島復興研究会」という団体が出した当時の市内地図を見せてもらった。発行所は中島本町(現中島町)。あれっ、平和記念公園の中じゃないか。

 公園になる寸前の爆心地に、そんな団体が本当にあったのか。名前の響きの怪しさに引かれる。広告をかき集め、ささっと地図を作って消えた? アトム書房に似たたくましさを感じた。

 猿楽町の地図を手掛かりに、資料や証言を集めていった。岡本味噌店のおてんば娘は、産業奨励館の階段の手すりを滑り台にして叱られた。山本家具店は、アトム書房店主の杉本豊氏の親戚だった。隣の細工町にあった黒川病院の院長は広島美術界のパトロンで、山路商も出入りした。

 山路と仲の良かった画家の末川凡夫人は、山本家具店の隣の看板店で働いていた。杉本氏の父親は市の嘱託職員として産業奨励館で働き、後の「原爆市長」浜井信三氏とも机を並べた…。筆者はもう、猿楽町の住人の気分で広島を歩いていた。(アーティスト=長崎県諫早市)

(2014年3月8日朝刊掲載)

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