被爆証言

児玉光雄さん―爆心地近く 友多く失う

自身も染色体異常。積極的に体験語る

 12歳だった児玉光雄さん(81)は、爆心地から約870メートルの至近距離で被爆。大量の放射線を浴び、体の細胞(さいぼう)が傷つきました。これまでに受けたがんの手術は19回。染色体異常が治る見込(みこ)みはありません。「私のような人間を二度とつくってはいけない」と、核兵器の恐(おそ)ろしさを訴え続けています。

 あの時は、広島県立広島第一中(現国泰寺(こくたいじ)高、広島市中区)の1年生。雑魚場(ざこば)町(現中区)にあった木造平屋校舎の教室にいました。「黄金の火柱が中庭に落下し、意識を失った。目覚めると校舎はぺしゃんこにつぶれていた」。体の小さかった児玉さんは、机といすの隙間(すきま)に入っていて、奇跡的(きせきてき)に無事でした。

 外は真っ暗で、太陽はおぼろ月のよう。校舎の下敷(したじ)きになっていた級友を数人引っ張り出したころ、校舎は火に包まれ始めました。挟(はさ)まれて動けないまま「お母さん」と助けを求める無数の叫(さけ)び声は、やがて低い声での校歌の合唱に変わりました。「友よ許せ」。手を合わせて涙(なみだ)ながらに叫び、学校を離(はな)れました。登校した同級生約300人のうち、生き残ったのはわずか19人でした。

 6日の深夜、徒歩と汽車で、疎開(そかい)していた戸坂(へさか)村(現東区)の自宅にたどり着きました。しかし、1週間を過ぎたころから髪(かみ)や眉毛(まゆげ)が抜け始め、歯茎(はぐき)や目尻(めじり)からの出血、42度もの高熱、紫色の斑点(はんてん)…。往診(おうしん)した医師に「お気の毒ですが」と言われながら、9月に入ると熱が下がり、落ち着きました。「ドクダミを煎(せん)じて飲ませ、うんだ傷口には焼いたのをもんで貼(は)り、懸命(けんめい)に看病してくれた母の愛が、生き返らせてくれた」と振(ふ)り返(かえ)ります。

 その後は、大きな病気をすることなく生きてきましたが、60歳を過ぎてから、皮膚(ひふ)、直腸、胃、甲状腺(こうじょうせん)に次々にがんが見つかりました。がん細胞が別の臓器に広がる「転移」ではありません。異なる臓器で同時に発生する「重複がん」。手術は皮膚がんの16回をはじめ、計19回に及びました。

 2007年9月、放射線影響研究所(南区)での検査で、被爆により、児玉さんの細胞の染色体に異常が起きていると判明。2本の染色体が切断され、先端(せんたん)部分が入れ替わる「転座」が細胞1個当たり平均1個、と頻繁(ひんぱん)に生じていました。染色体異常は、遺伝子を狂(くる)わせ、がんの発生につながります。そして、正常な状態には戻(もど)らない、との報告を受けました。

 この検査で、児玉さんが受けた被曝(ひばく)放射線量は約4・6グレイと推定されました。半数が2カ月以内に死亡するとされる「半致死(ちし)線量」の4グレイを上回っていたことが分かりました。

 長年、被爆体験を話すことなく過ごしてきました。しかし「生かされた自分は、核兵器が非人道的凶器(きょうき)だと多くの人に知らせる義務がある」と考え始め、積極的に語るようになりました。今は、広島市の「被爆体験伝承者養成事業」で、体験や思いを後継(こうけい)者に伝えようと取り組んでいます。

 証言する際は、染色体図などの医学的な資料を駆使(くし)します。「『放射線が人の体の中を破壊(はかい)する』ということを、客観的なデータを示し、説得力のある方法で分かりやすく伝えるよう心掛(こころが)けている」と力強く話します。(山本乃輔)



◆私たち10代の感想

差別ない社会を考える

 原爆がうつる、と人々から非難され、被爆者だと知られたことで結婚(けっこん)や就職に支障があった人が大勢いたことを知りました。私だったら、そんな世間の仕打ちは許せません。フクシマでも似たような差別がありました。それをどのようになくすべきか考えるのが私たちの使命だと思いました。(中1・平田佳子)

会話で広がる平和の輪

 原爆で校舎が一瞬(いっしゅん)でつぶれ、校庭内のプールはやけどした生徒たちでごった返していたそうです。悲惨(ひさん)な様子が頭に浮(う)かんできました。「今日聴いたことを家族や友達に話してほしい」と言われたので、母に話すと、相づちを打ちながら聞いてくれました。聴いて、考えることで平和の輪が広がるのではないでしょうか。(高1・林航平)

影響続く恐ろしさ知る

 被爆者の染色体の写真を初めて見ました。2本の同じ染色体が並んでいるはずなのに、児玉さんのは左右の長さや形が違(ちが)っているのです。びっくりしました。「生きているのが奇跡(きせき)」なんだそうです。70年近くたっても影響(えいきょう)を与(あた)え続(つづ)ける原爆。二度と使われてはいけない、と訴(うった)え続ける必要があります。(高3・神安令)

 ◆今後は随時掲載します。「記憶を受け継ぐ」の記事はウェブサイトの「被爆証言」のコーナーで読むことができます。動画も順次、載せています。また、孫世代に被爆体験を語ってくださる人を募集しています。Tel082(236)2714。

(2014年5月26日朝刊掲載)
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