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検証 島根原発事故 27時間避難 <中> 災害弱者 「園児引き渡し」悩む現場

 29人の4、5歳児が笑顔でおやつを頬張る。中国電力島根原子力発電所(松江市鹿島町)から2キロの恵曇(えとも)保育所。「命がけで守りたい。でも親に引き渡すのが最善だろうか」。施設にとどまるのか、子どもと逃げるべきか。所長の杠(ゆずりは)佳子さん(61)はジレンマを抱える。

 原発事故時、島根県は親子一緒の避難が望ましいとして保護者への引き渡しを原則とする。だが、保育所は最も早く避難する原発5キロ圏の予防防護措置区域(PAZ)にあり園児たちの被曝(ひばく)の可能性が高いためだ。自前のバスはないが、5月30日に島根、鳥取両県が公表した避難時間の試算は施設に車両があるとの前提。「何時間で避難できるかイメージが湧かない」のが実感だ。

 「すぐにでも迎えに行きたいが、事故の時は職場に出る可能性もある」。4カ月の長男虎汰朗君を年度内に保育所に預ける予定の安来市職員吉岡典子さん(31)=松江市東出雲町=は言う。

 両県は30キロ圏約47万人を広島、岡山も加えた4県69市町村に避難させる計画。吉岡さんの避難先は高梁市だ。保育所と職場の距離は約10キロ。自宅近くの両親や松江市で働く夫と「お迎えのルールを決めたい」とする一方、「まず保育所に事故の正確な情報が入らなければ避難開始が遅れる」との不安が残る。

 福島第1原発事故を受け、原子力防災計画の修正を迫られた両県。自力避難が困難な災害弱者(30キロ圏約7万5千人)への対応の遅れが目立つ。社会福祉施設の入所者や入院患者たち約3万3千人は避難先さえ決まっていない。

 30キロ圏33病院の一つで原発から28キロの島根県立中央病院(出雲市)は、昨年2月に原発災害マニュアルを定めたが、主な内容は職員の役割分担。事故の進展に伴い、常時550人前後いる入院患者をどう搬送するかは未定だ。医師と看護師、放射線技師計834人は被災場所への派遣に応じる必要もあり、総務課の手銭誠課長は「患者避難に向けたマンパワー不足が一番の心配」と言う。

 「まずは各病院が放射線量を測り、逃げるかどうかの判断をすることが大事」。事故の際、被曝患者を受け入れる広島大病院高度救命救急センター(広島市南区)の谷川攻一センター長は指摘する。生命維持装置が欠かせない入院患者もいる。「放射線量は風向きで異なる。場合によってはとどまる勇気も必要だ」

 福島の事故を受け、島根県は放射線測定器を原発30キロ圏の自治体に配備したが、病院は対象から外れた。今、測定を担う県と病院との間の通信手段は電話だけだ。「避難時間の試算よりも命のとりでである病院の安全対策を早く進めるべきだ」。谷川センター長は訴える。(樋口浩二)

(2014年6月2日朝刊掲載)

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