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社説・コラム

現場発2014 大和人気 問われる活用策 呉のミュージアム好調

 広島県呉市の大和ミュージアムの人気が衰えない。戦艦大和や呉のものづくり技術についての資料、展示への関心は高く、2013年度の入館者は90万9千人。全国でも屈指の集客力を誇る博物館となっている。ただ市内には逆風続きの観光・文化施設は少なくない。大和人気を生かし、市全体ににぎわいを広げていく必要がある。(柳本真宏)

 5日、ミュージアムはほぼ終日にぎわった。小中高7校の修学旅行のコースに組み込まれたのだ。岐阜西中(岐阜市)の3年河村創太郎さん(14)は「当時のことを勉強してもう一度来たい」と感想を述べた。

 開館前、市は入館者の目標を設定した。初年度の05年度は40万人、以降は20万人。ところが初年度は目標の4倍強の161万4千人が訪れ、以降も117万~74万人台で推移する。13年度は奈良国立博物館(奈良市)や長崎原爆資料館(長崎市)を上回っている。

 戸高一成館長は「大和を建造した呉にしかできない博物館を考えたのが成功の要因」。大和の乗組員の遺書など客観的な資料展示を徹底したのも理由とする。特別企画展「巨大戦艦大和展」は13年7月~14年5月の10カ月余りで28万人以上を集めた。忠実に復元した大和の艦橋が人気だった。

入り込み客300万人

 ミュージアム開館で、呉市の入り込み観光客数は跳ね上がった。過去最高だった06年の361万人は、開館前のほぼ倍に当たる。その後減ったとはいえ、昨年は319万8千人と、300万人台を保つ。だが喜んでばかりはいられない。ミュージアムを見て、呉観光は終わり。そんな人が多いとの見方は強い。

 市内の宿泊客数をみてみる。開館前の04年は38万7千人。開館した05年は40万9千人へと増えたが、その後は減少。13年は37万5千人だった。ミュージアムを訪れる人は原爆資料館(広島市中区)や厳島神社(廿日市市)とセットで訪れる通過型観光が多く、滞在型は少ないとみられる。

 09年の入館者アンケートでは、市内の他施設や場所を巡った人は10%。入船山記念館は04年度3万3567人(13年度1万9472人)▽蘭島閣美術館は同1万6975人(同1万2377人)―など、ミュージアム開館前より減らしている施設も少なくない。

周辺施設「知らぬ」

 市は市内観光の時間を延ばしてほしいと取り組む。市内のグルメマップを作り、島と本土と結ぶ安芸灘大橋の通行料金助成もしている。だがミュージアムに来ていた千葉県東金市の看護師千葉章弘さん(46)は「ここのほかに何があるか知らない」と素っ気ない。

 呉高専の山岡俊一准教授(都市計画)は「観光客を対象に周遊してもらえない理由を調べ、原因分析をするべきだ」。ミュージアムの相原謙次副館長は「各地域と連携した企画も考え、結び付けたい」とする。

 本年度中に呉市と山陽自動車道を結ぶ東広島呉道路も全通するなど好材料はある。大和ミュージアムの成功、経済効果を市全体に広げるため、官民一体で知恵を絞る必要がある。

大和ミュージアム
 呉市宝町に2005年4月23日開館。戦艦大和の模型や零戦など約1500点を展示し、所蔵資料は約22万点。開館から9年たったことし4月、累計900万人を達成した。来年の10周年の節目を見据え、市はさまざまな事業を考えている。

(2014年6月13日朝刊掲載)

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