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非核の東アジア 市民が紡ぐ明日 国際シンポ「信頼醸成から核廃絶へ―2015年NPT再検討会議に向けて」 詳報

 国際シンポジウム「信頼醸成から核廃絶へ―2015年NPT再検討会議に向けて」が2日、広島市中区の広島国際会議場で開かれた。日本を含む東アジアで歴史認識や領土問題をきっかけとした国家間の緊張が高まっている中、冷戦期に東西陣営間の軍事的対立を緩和しようとした欧州での取り組みを参考にしながら、東アジアの信頼関係を築く道筋を議論。さらに、核兵器廃絶につなげる方策として、核兵器の非人道性について国際的な理解が進みつつある現状と、今なお米国の「核の傘」を求める日本政府のスタンスを踏まえ、被爆地広島・長崎の市民ができることを話し合った。広島市立大、長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)、中国新聞社の主催で、約210人が参加した。(文中敬称略)

【基調講演者】
李鍾元氏 早稲田大大学院アジア太平洋研究科教授

イアン・ミッチェル氏 欧州安全保障協力機構(OSCE)対外政策部長

【パネリスト】
陳昌洙氏 韓国・世宗研究所日本研究センター長

鈴木達治郎氏 長崎大核兵器廃絶研究センター副センタ―長・教授

水本和実氏 広島市立大広島平和研究所副所長・教授

【報告者】
山上信吾氏 外務省総合外交政策局審議官

金崎由美記者 中国新聞社ヒロシマ平和メディアセンター

谷口信乃君(高校1年)中川碧さん(中学2年) 中国新聞ジュニアライター

【モデレーター】
河上暁弘氏 広島市立大広島平和研究所准教授

■パネル討論 信頼醸成の道筋

溝の緩和 相互理解から 陳氏

禁止条約 精緻な議論を 水本氏

 ―どうすれば、東アジアの信頼醸成を育み、さらに核兵器廃絶につなげていくことができますか。

  日本と韓国の間には歴史認識の問題がある。歴史をどう見るか、さまざまな次元で溝があるのは事実。社会が近づき、人の交流が進むと、歴史をどう見るかは必ず問題になる。

 ただ溝があっても、地域の共通の課題について、共有できる部分を増やしていくことが大事ではないか。解決を目指すのではなく、未来志向でわだかまりや隔たりを減らしていくプロセスが必要だろう。

  両国の歴史認識のギャップは、解決できないと思う。相手を理解することがまずは必要。長期的に見ると、そのギャップはある程度は縮まる。

 それよりも東アジアでは、北朝鮮や中国への対応をどうするかが問題だ。日韓でも国家戦略がだんだん違ってきているのではないか。国際秩序に対する認識のギャップを埋めないといけない。国家間だけではなく、民間も含めて検討するべきだ。

 鈴木 北東アジア非核兵器地帯構想の交渉を進めることが信頼醸成になると考えている。信頼醸成と構想とを並行して進めることが相乗作用をもたらすだろう。

 現在の構想はまだアカデミックな対話という段階。陳さんが言うように、民間も政府の人々も参加できるようにすることが必要だと思っている。

 ミッチェル 東アジアで国際的な枠組みを使ってできることを考えたい。国連は全ての課題を解決はできないと明言している。グローバルな問題であっても、地域の安全保障の枠組みが機能しないといけないからだ。

 紛争の解決には人と人とのアプローチが必要。しかしそれができない状態が紛争でもある。欧州安保協力機構(OSCE)のような組織は、そういう時に貢献できる。

 個人的見解だが、OSCEはこの20年、どの国がどういう兵器をどのくらい持っているかの情報開示を国家間で促してきた。そのプロセスを経て信頼を醸成した。こういった展開は核兵器でも同じアプローチができるのではないか。

 ―核兵器の非人道性に焦点を当てた、核兵器禁止条約の制定に向けた機運が市民の間で高まっています。どうすれば実現するでしょうか。

 水本 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約が成立した背景には、市民運動があった。非政府組織(NGO)が国々を動かした点で、核兵器禁止条約に向けた運動にも参考になるだろう。私は前向きに、やってみればいいと考えている。

 ただ核兵器の場合には、かなり精緻で厳しい議論が必要だ。保有国はもちろん、「核の傘」の下にいる日本や、軍需産業などからも反対はあるだろう。核兵器保有国が入らないと意味がない。「非合法化」の文言を入れるのかなどの問題もある。

ジン・チャンス
 61年韓国釜山生まれ。94年東京大大学院で博士号(政治学)取得。04~07年盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の大統領外交諮問委員など歴任。専門は日本の政治経済外交。

みずもと・かずみ
 57年広島市生まれ。81年東京大法学部卒業、89年米国タフツ大フレッチャー法律外交大学院修士課程修了。朝日新聞社ロサンゼルス支局長、広島平和研究所准教授などを経て、10年から現職。

■基調講演 李鍾元氏

国家超えた地域形成へ

 東アジアの情勢は100年前の欧州と類似しているという議論がある。19世紀から20世紀前半までの「古い欧州」の道を歩むのか。20世紀後半から21世紀の「新しい欧州」の試みを共有するのか。東アジアは大きな歴史の分岐点を迎えている。

 日中韓とも国家として共通している点がある。経済的な観点からは国境をより広く開放せざるをえず、また新自由主義政策により格差が広がる状況で、いわば新たな国民統合の手段として、ナショナリズムのアイデンティティーに訴えている。日中韓で歴史教育が強化され、「愛国心教育」が強調されるゆえんだ。

 戦後、日中韓は国家の思惑によって、さまざまな争点を封印し、現状維持を優先してきた。日韓、日中の間で領土問題は「棚上げ」。歴史問題でも国家間で政治決着が図られ、具体的な「過去の清算」は封印された。その「現状維持」の構図が今、揺らいでいる。

 では何をなすべきか。主権国家、国民国家形成の段階を越えて、地域形成を志向することは、有効な道だろう。問題の多い東アジアだが、経済の面では、すでに一つの地域として形成されつつある。

 課題はいかに政治、外交、安全保障を含め、地域形成を進めるか。その点で「欧州共同体」を目指した地域統合のプロセスと、冷戦対立を克服した東西欧州の交流、共存、協力の試みは参考になる。北朝鮮の核問題に関する6カ国協議や日中韓の三国協力、さらに東アジア首脳会議などを連携させていくことを真剣に考えなければならない。

リー・ジョンウォン
 53年韓国生まれ。国立ソウル大中退後、日本の国際基督教大を卒業。東京大大学院法学政治学研究科修了。12年4月から現職。専門は東アジア国際関係、現代朝鮮半島研究。

■報告 外交の課題をみる

歴史認識 議論重ねよう 陳氏

 日韓関係の悪化は、北東アジアの秩序にも影響を与えている。中国の台頭をけん制したい米国は、アジア政策の妨げと見る。一方、中国は、(初代韓国統監の伊藤博文を暗殺した独立運動家)安重根(アンジュングン)記念館(ハルビン市)の設置を認めたように、日韓の溝をさらに広げて日米韓の連携に揺さぶりをかけている。各国の思惑で、北東アジア情勢は複雑化している。

 日本は、北朝鮮と拉致問題の再調査で合意し、経済制裁を一部解除するなど独自の外交を進めつつある。しかし、朝鮮半島有事の対応については日韓で協議すらされていない。

 日韓の対話がないのは、外交に最も重要な信頼が欠けているためだ。安倍政権は、河野談話を継承すると言いながら談話の検証に踏み切った。韓国は、集団的自衛権行使の議論についても透明性を高めてほしいと考えている。こうした不信が外交に影響している。

 関係改善に向け三つ提案をしたい。従軍慰安婦などの歴史認識問題を含め率直な意見交換を重ねる。ナショナリズム台頭など国内政治に縛られない国際的視点に立った戦略的な外交を取り戻す。そして北東アジアの安全保障について歴史認識の問題と切り離して真剣に協議する。妥協し合いながら関係を築いてきた両国。関係改善の重要性の再認識から始めたい。

多国間の連携強めたい 山上氏

 わが国をめぐる安全保障環境は厳しくなっている。背景にあるのは、台頭するパワー、国家主義的体制の生存を懸けた地政学上のせめぎ合いだ。どう信頼を醸成するべきか。

 まず領土や排他的経済水域(EEZ)などをめぐる紛争は、国際法に従って平和的に解決することが肝要だ。日本は北方領土や竹島に係る紛争を国際司法裁判所(ICJ)に付託することを含め平和的解決を模索してきた。

 アジアには、いろいろな政治・経済体制や安全保障観がある。東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)や東アジアサミット(EAS)、軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)など、多国間の枠組みを強化していくべきだろう。

 また政治指導者の間だけでなく市民も含め、あらゆるレベルで対話と交流の促進が必要。日本は信頼構築には対話が重要との観点から、近隣諸国に「対話のドアは常にオープンである」と各種機会に呼び掛けている。しかし、応じない国があるのは誠に残念だ。

 ASEANの主要国で、外務省が最近した調査がある。数千人にインタビューした。「最も信頼できる国はどこか」と聞いたところ、フィリピンを除く全ての国で日本との回答だった。戦後の日本の平和外交の一つの果実だと考えている。

やまがみ・しんご
 61年東京都生まれ。東京大法学部卒。84年外務省入省。コロンビア大学国際関係論大学院留学。北米第2課長、国際法局審議官などを経て、7月から現職。

■パネル討論 市民の役割

科学者 行動してほしい 鈴木氏

米大統領をヒロシマに 李氏

安保共同体へ対話大切 ミッチェル氏

 ―核兵器廃絶や信頼醸成に向け、市民が果たすべき役割について、考えを聞かせてください。

  市民レベルで相手を誤解しないこと。素直に認めること。韓国側も、日本もだ。信頼を取り戻すには約束を守ることも大事だろう。1965年の日韓基本条約調印から両国が築いてきたことを評価し、未来に向けて一緒に行動することが重要だ。

 水本 一人の人間として、良心に照らしてやれることをやればいい。なぜそうなるのか、そのバックグラウンドを考えてみる。相手の立場に立って考える。その上で謙虚に伝えることだ。

 ミッチェル 欧州安保協力機構(OSCE)のような安全保障共同体をアジアでつくるときに非常に大事なのは市民の役割だ。OSCEは市民社会の皆さんを招待してきた。市民が外交官や国家の代表と直接話すことは重要だ。それを忘れないでほしい。

 鈴木 先ほどのジュニアライターの話に感銘を受けた。広島でも長崎でも若い人たちの役割が非常に大事だと思う。ぜひ若い人も一緒になって核兵器廃絶への思いを伝えてほしい。

 一方で、専門家、特に科学者の責任も大事だ。私は核兵器廃絶を目指す科学者の世界的組織、パグウォッシュ会議に所属している。来年は長崎で国際会議が開かれる。そこで科学者が行動をとることを訴えたい。

  30年前、初めて原爆資料館を訪れた時の衝撃は、私の原点の一つだ。ぜひ、米国の大統領がここに来られるように市民運動が展開できればと思う。その発信が大事だ。

すずき・たつじろう 51年大阪府生まれ。東京大工学部原子力工学科卒業。工学博士。電力中央研究所社会経済研究所研究参事、内閣府原子力委員会委員長代理など歴任。4月から現職。パグウォッシュ会議評議員も務める。

■基調講演 イアン・ミッチェル氏

協調の模索 欧州が好例

 アジアでの協調的安全保障を模索する上で欧州安保協力機構(OSCE)の経験から見いだすものがあることを期待したい。

 OSCEの歴史的な偉業は1975年の「ヘルシンキ宣言」だ。当時の加盟国が、国境不可侵の合意にこぎ着けた。対立していた東西陣営がこれで共通の基盤を見いだした。冷戦がエスカレートする危険を自覚、米ソ両国が緊張緩和を望んでいたとの事情があった。

 宣言の核心は安全保障への包括的なアプローチだ。政治・安全保障だけでなく、経済・環境、人権・人道の3領域を包含する。

 OSCEの強みは、加盟全57カ国の対話の機会が常にあることだろう。大使級の常設理事会と安全保障協力フォーラムが毎週開かれる。意思決定はコンセンサス(全会一致)。発言権は平等。国益の違いを認識しながら、議論を通して乗り越えることは可能だ。

 対話を成果につなげる鍵は現地活動だ。予防から紛争後の復興まで、サイクル全体に関わっている。時宜にかなった例がウクライナ危機だろう。あらゆる活動は、紛争当事国も含む全加盟国の合意に基づく。

 アジアでも東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムは信頼に基づく安全保障関係を構築する機会だろう。ただ厳しい現実もある。まずは軍事分野よりも経済・環境分野から幅広い協力を始めることだ。

 OSCEは欧州における一モデルである。アジアの政治と安全保障の現状に適合する要素を取り入れながら、独自のツールを構築することが求められている。

イアン・ミッチェル
 65年カナダ・トロント生まれ。英ウェールズ大アベリストウィス校で博士号取得(国際政治学)。ルワンダの国連難民高等弁務官事務所、国連パレスチナ難民救済事業機関の広報渉外部などを経て現職。

■報告 広島・長崎から

リーダーは日本の役目 鈴木氏

 世界の非核化を実現するためには、核兵器の非合法化を目指すのが不可欠となる。しかし日本政府が代表の軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)では、4月の広島宣言で、このことに触れられなかった。被爆者の声が十分に届いていないと言わざるを得ない。

 同じNPDIメンバー国のメキシコは、今春の核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委員会で核兵器を禁止する法的文書を交渉するプロセス開始を、フィリピンは核兵器禁止条約の交渉をすぐ始めるべきだと訴えた。被爆国日本の主張は弱い印象にとどまった。

 北東アジア非核兵器地帯の設立は、ラテンアメリカおよびカリブ地域における核兵器を禁止する条約が参考になる。同条約機構の事務局長は「当時の中南米は逆風ばかりで条約が成立するような見通しが立たなかった」と述べ、それを乗り越えての条約実現で中南米での信頼醸成と安定が進んだという。いかに困難でも諦めてはいけないのだ。

 日本政府も外務省が昨年出した「日本の軍縮・不拡散外交」で、北東アジア非核地帯について初めて触れた。今後を期待している。

 原子力平和利用の将来も重要だ。核燃料サイクルとプルトニウム在庫量をどう扱うか大きな課題だ。

 被爆者の思いを踏まえ、今こそ日本がリーダーシップを発揮して、北東アジア非核地帯化を推進してほしい。厳しい政治情勢だからこそ、相互の信頼関係を醸成しつつ具体的で現実的な道を議論できればと思う。

被爆地の体験 重み増す 金崎記者

 最近の新たな動きは「核兵器の非人道性」というキーワードを前面に出して、核兵器は廃絶しなければならないと訴える機運だ。たった1発の爆弾がもたらした現実を知れば、非人道性はだれも否定できない。

 赤十字国際委員会(ICRC)総裁が2010年4月、「いかなる核兵器の使用も国際人道法に合致すると見なすことはできない」と断言したことが、機運をつくるきっかけになった。

 核兵器は生身の人間の尊厳を徹底的に破壊する兵器にほかならない。しかし世界では驚くほど理解されていない。「非人道的」という認識を浸透させるのが先なのだろうが、次に何を目指すかというゴールを見失ってはいけない。

 来年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で話し合われるのは核軍縮だけではないが、核兵器廃絶という被爆地の「筋論」は、国際社会の状況がどうであってもぶれずに訴えていくべきだ。被爆地から発信すべき実体験、果たすべき役割はますます重い。

学びから始まる ジュニアライター

 私たちが、被爆体験を直接聞くことができる最後の世代だろう。書いた記事が被爆者から話を聞く機会がない読者に届くことは、とても意義があると思う。

 核兵器廃絶は難しいかもしれない。しかし、非政府組織(NGO)が団結し、全世界に訴えていけば、多くの国が考えを変え、核兵器廃絶の方向へ進むことができるのでは。核の被害について実感を持って学ぶことで、各国の核兵器の放棄につながるはずだ。

欧州安保協力機構(OSCE)
 欧州、中央アジア、北米、ロシアをはじめとする旧ソ連諸国など57カ国が加盟する世界最大の地域安全保障機構。安全保障について、単に軍事的側面にとどまらず、経済・環境、人権・人道分野における諸問題も含めて包括的に捉えて活動している。もともとは、ソ連の提案を受け、1972年、欧州35カ国で欧州安保協力会議(CSCE)として発足。75年の「ヘルシンキ宣言」で国境不可侵など安全保障を誓約し、冷戦期に東西両陣営間の緩衝機能を果たした。ソ連の崩壊、東欧諸国の民主化、ドイツ統一などの欧州情勢の激変を受けて、95年に名称を現在のOSCEに変更した。事務局をウィーンに置き、毎週、常設理事会(大使級)を開催している。2014年の議長国はスイス。日本はパートナー国(オブザーバー)となっている。

 この特集は、文・吉原圭介、二井理江、金崎由美、明知隼二、山本祐司、写真・福井宏史が担当しました。

(2014年8月5日朝刊掲載)

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