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連載・特集

「学ぼうヒロシマ」 使ってます 平和学習に 部活動に 新聞作りに

 中国新聞社が制作した中学・高校生向け平和学習新聞「学ぼうヒロシマ」が、学校の授業や部活動などで幅広く使われている。慰霊碑巡りに、8月6日の平和学習に、修学旅行の事前学習に…。児童・生徒は被爆の事実を学ぶだけでなく、証言記事を読んで被爆者の体験に自分の姿を重ね合わせたり、同年代の中国新聞ジュニアライターが書いた記事に共感したりして、自分たちの望む平和な世界を思い描く。工夫を凝らした学校現場での活用例を通して、過去の過ちを見据えて、未来を築こうとする10代の姿を紹介する。

山口・和木小 慰霊碑巡りの友

 秋晴れの午後の平和記念公園(広島市中区)。「学ぼうヒロシマ」を手にした子どもたちが、公園内や周辺にある原爆のモニュメントを見つめていた。山口県和木町から平和学習の一環で訪れた和木小の5年生60人。四つのグループに分かれ、1時間半かけて慰霊碑を巡り歩いた。

 平和大通りの緑地帯にある「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」の前では、15人が、ガイド役で被爆2世の古田光恵さん(67)=南区=の説明を聞いていた。建物疎開や登校の途中で被爆し犠牲になった児童・生徒と、教師を悼む碑だ。

 「建物疎開の作業をしていた子どもたちは、周りに遮る物がなく、熱線と爆風を直接浴びて亡くなった」。そんな解説に耳を傾ける。当時の情景を想像しながら、「太き骨は先生ならむ そのそばに ちいさきあたまの骨 あつまれり」の碑文を真剣な表情で確かめていた。

 「学ぼう…」は、この碑をはじめ、原爆ドームや原爆の子の像、平和の鐘など、被爆の惨禍や平和への願いを刻む慰霊碑の位置を示すイラスト入りの地図を掲載。子どもたちの慰霊碑巡りに活用しやすい内容となっている。

 中には、地図に「ばくしんちの方がすごくこわれている(原爆ドーム)」「こっきょうがないせかいちずがある(平和の鐘)」などと書き込む姿も見られた。亀田紗良さん(11)は「地図が丁寧に描いてあって分かりやすかった。こんなにたくさん慰霊碑があるのかと驚いた」と話していた。

 碑巡りの前から平和学習に取り組んできた。「学ぼう…」に載った被爆者の証言記事「記憶を受け継ぐ」を教諭が読み聞かせた。入市被爆や建物疎開など戦争や原爆に関する言葉を解説したコーナー「キーワード」は、児童自ら読んだ。

 夏休み中は、戦争や平和に関する新聞記事を各自が切り抜いた。原爆だけではなく、地元に近い岩国市で大きな被害が出た岩国空襲や、平和を願う市民の活動まで関心を広げてきた。

 学年主任の中元啓二教諭(49)は「これまで本やインターネットで調べることはあったが、児童が新聞を資料として活用できるようになったのは今回が初めてだと思う。平和や社会全体に興味を深めるきっかけにしていきたい」と力を込める。

広島・牛田中 修学旅行前 戦争学ぶ

 「平和新聞」「継承新聞」「祈り新聞」「戦争の記憶新聞」―。牛田中(広島市東区)2年生約200人の社会の合同授業で、夏休み中、平和をテーマに作った新聞の優秀作品が発表された。手描きの折り鶴や原爆ドームの絵をあしらい、デザインも凝った力作がそろった。

 生徒たちが記事にする内容を調べるのに使ったのが、「学ぼうヒロシマ」だ。原爆の破壊力や世界各国の核兵器保有数などを解説した「Q&Aヒロシマ」や、被爆証言を聞く連載記事「記憶を受け継ぐ」をB4の紙にまとめた内容が目立った。優秀作品に選ばれた生徒は、前に出て「見出しは太い文字にして読みやすいようにした」「図を入れたり記事を項目ごとに分けて書いたりした」など、工夫した点を紹介した。

 山本悠有希(ゆうき)さん(14)は、被爆後に避難先で長女を亡くし、取材に対して初めて体験を明かした女性の記事を要約した。色鉛筆で女性の絵や地図を描き、明朝体で見出しを書いて新聞らしさを演出。「平和学習をしていても想像できない内容だった。絶対に戦争はしてはいけない。この悲惨な体験を分かりやすく伝えようと思った」

 平和記念公園(中区)の慰霊碑巡りや、被爆体験を基にした朗読劇で、5月から平和学習を進めてきた2年生。12月には、修学旅行で鹿児島県南九州市の知覧町に向かう。若くして飛び立ち、命を失った特攻隊の悲劇を学ぶ計画だ。

 「生徒たちは『学ぼうヒロシマ』を使って、主体的に被爆について調べることができた。成果を修学旅行に生かし、戦争の負の部分を幅広く学習したい」と、社会科担当の横山基晴教諭(55)は強調していた。

広島・崇徳高 英会話部 訳に挑戦

 「グッド・アフタヌーン!」。英国スコットランド出身のユエン・ファーガソン教諭(46)の滑舌が良く太い声が教室内に響く。それにつられるように、生徒たちも「グッド・アフタヌーン」と返す。崇徳高(広島市西区)のESS部。英語を使って、さまざまな活動に取り組むクラブだ。

 顧問のファーガソン教諭が取り上げたのが、「学ぼうヒロシマ」に載っている平和記念公園(中区)と周辺の地図。集まった崇徳中3年~高校2年の生徒11人は、「原爆ドーム」「平和大通り」「平和の灯」などの英訳を考えた。

 「平和の灯」は、「ファイヤー・オブ・ピース」「ピース・ファイヤー」と訳す案が出た。ファーガソン教諭は「『ファイヤー』はエレメンタリー(小学校)レベル。ハイスクール(高校)レベルは?」と投げ掛ける。「うーん…」と考え込む生徒たち。「『フレーム』は?」とのファーガソン教諭の言葉に、「ああ」と大きくうなずいていた。

 部長の高校2年、関内龍希君(16)は「原爆や平和について英語で表現できるようになれば、世界の人たちに、戦争してはいけないと訴えられる。広島から発信できれば説得力もあるはず」と熱く語る。ESS部は、年内に「学ぼう…」の被爆体験記の英訳を読み進めるとともに、平和記念公園を実際に訪れ、外国人を案内する設定でロールプレーをする予定にしている。

広島学院中 証言読み感想文

 「核兵器は愛するもの全てをなかったことにする非道なもの」「戦争がいかに無意味だったのか深く考えた」「もし自分が(被爆者と)同じ状況だったらと考えるだけで胸が痛む」―。広島学院中(広島市西区)の3年生約190人は、「学ぼうヒロシマ」を読んだ感想をこうつづった。

 1学期、総合学習の時間で「広島と平和」をテーマにした平和学習に取り組んだ。「軍都」としての広島の歴史を学び、原爆資料館(中区)を見学。まとめとして「学ぼう…」を使った。阿部祐介教諭(40)が担任のC組では、「見合いで『放射能がうつる』と断られた」という男性の被爆証言をまとめた記事を真剣に読んだ。自分たちと同じ年齢のころ、戦禍に人生を狂わされた被爆者の話を身近に受け止めていた。

 その後、3年生全員が感想や平和に対する思いを約800字の作文にまとめた。2学期は、貧困などの問題に直面するアジアやアフリカの現状を学び、3学期にある長崎への修学旅行に生かす予定だ。

 同校は、原爆投下から11年後の1956年に創立。教育目標として、“Be Men for Others, with Others”(他者のために生き、他者とともにある人間になれ)を掲げる。平和学習を通し、被爆者の立場に共感できる生徒を育てる方針だ。「将来、それぞれの分野で平和を構築できる人になってほしい」。阿部教諭は、そう期待する。

安芸高田・向原中 8・6 継承の教材

 平和学習の成果を形にしよう―。向原中(安芸高田市向原町)は8月の登校日に、全校生徒70人が協力して、「PEACE」の文字を一つずつ大書した5枚組みのポスターを作った。生徒一人一人が、平和のメッセージを書き入れ、手形を押して仕上げた。

 学年横断の四つのグループと、生徒会のメンバーに分かれて作業。縦120センチ、横85センチの模造紙に、ピンクや青、黄などカラフルなポスターカラーで文字を書いた。その周りは、同じ色で押した手形をあしらった。「みんなが笑顔で過ごせますように」「平和は無限大」など思い思いのメッセージも添えた。

 ポスターのデザインを考えた生徒会役員で3年の吉元慎二君(15)は「力を合わせて核兵器のない世界をつくる決意を込めた」と出来栄えに満足そうだった。

 ポスター作りに先立ち、学年ごとに「学ぼうヒロシマ」を使って平和学習に取り組んだ。2年生は、担任で社会科担当の福田和宏教諭(35)が、「学ぼう…」冒頭の「Q&Aヒロシマ」を基に、原爆投下の背景や核兵器保有の現状について解説。生徒たちは、被爆者の証言記事「記憶を受け継ぐ」を読み、思ったことを発表し合った。

 感想が多かったのが、向原町に住む被爆者の河原謹吾さん(88)の証言。国鉄の車掌だった河原さんは被爆直後、列車に乗せたけが人を励ましながら機関士と一緒に備後十日市駅(現三次駅)を目指した。「勇気ある行動に心を打たれた」「自分にはまねできないだろう」などの意見が出た。

 内藤菜穂さん(14)は「いまだに後遺症に苦しんでいる人がいることを知り、決して忘れてはいけないと思った」。福田教諭は「通常の授業では、原爆について十分時間を取って教えることができない。補助教材として役立った」と喜んでいた。

福山・山野小中 NIEの一環

 「突然、背後から白い光を感じ、爆風で吹き飛ばされました」。原爆の日の8月6日、福山市北部の山間にある全校生徒7人の山野中の図書室。萩原智美教諭(54)が、国鉄(当時)で列車の車掌をしていて被爆した河原謹吾さんの記事を読み上げた。

 「子どもたちに二度と同じ思いをさせたくない。戦争がいかに無意味だったかを理解し、後世に伝えていってほしい」。そう締めくくっている証言記事に、山野中の生徒と、近くの山野小の全校児童4人が耳を傾けた。

 「学ぼうヒロシマ」を使ったNIE教育の一環の授業。河原さんの証言をはじめ、長期間にわたり健康被害をもたらす放射線の被害や、中国新聞の記者に同行して取材している同世代のジュニアライターの活動についても学んだ。

 児童や生徒の意見発表では、「戦争は人の命を奪い、無意味だ」「戦争のことを知って平和な暮らしをしないといけない」など、積極的な発言が相次いだ。

 山野中3年の池田芹奈さん(14)は「被爆から何十年たっても病気で苦しんでいる人がいる。次の世代に伝えたい」。萩原教諭は「原爆についての理解がより深まり、平和について話し合うきっかけにもなった」と話していた。

呉・昭和高 宣言読む日に配布

 「平和宣言を読む日」。昭和高(呉市)には7月中旬、そんな一日がある。ことしは夏休み前の17日、全校生徒311人に「学ぼうヒロシマ」を配り、教諭がそれぞれ授業で活用した。

 2年1組では、化学の時間に原爆の被害状況を示す地図が使われた。「昨年遠足で行った平和記念公園の地図を見て、どこを歩いたかたどってごらん」。佐藤強教諭(58)の呼び掛けに、生徒は自分たちがどこをどう歩いたか振り返った。

 中国新聞ジュニアライターの座談会や、広島市の松井一実市長が昨年読み上げた平和宣言にも触れた。東林絵里子さん(17)は「歩いた道が焼け野原だったとは信じられない。戦争が身近に感じられた」と話していた。

 親から聞いた被爆体験を話した被爆2世の教諭がいた。留学先の米国で原爆被害や広島の復興について語った経験を紹介した教諭もいた。

 平和宣言を読む日の提案者、佐藤教諭は5年前、当時勤務していた広島市安芸区の高校で取り組みを始めた。「戦争の過去に思いを巡らせる機会をつくりたい」と考え、宣言の英訳文や戦争の意義について考える時間を設けた。授業の一部に組み込めば生徒の集中力は途切れない。構えずに聞いてくれるという。

 佐藤教諭は願う。「生徒も教員も戦争と自分とのつながりを考え、語るきっかけにしてもらいたい。とりわけ若い人に自ら語り継ぐという意識を持ってもらいたい」

 点訳版の作成や、紹介された原爆・平和に関する本の展示…。「学ぼうヒロシマ」の活用は、学校の枠を超えて広がっている。

点訳と音声 各地へ 広島県立視覚障害者情報センター

 「学ぼうヒロシマ」に掲載された被爆証言を聞く連載記事「記憶を受け継ぐ」の点訳版と、朗読する音声を記録したCDが完成した。いずれも全国の点字図書館や特別支援学校など約250カ所に送り、視覚障害のある人たちが被爆の惨禍を理解するのに役立ててもらう。

 点字図書の貸し出しや製作をする広島県立視覚障害者情報センター(広島市東区)が、ボランティアの協力を得て初めて作った。点訳版は、折り鶴の写真が表紙を彩った92ページ。「記憶を受け継ぐ」の記事10本分を掲載している。取材した中国新聞ジュニアライターの感想と、「入市被爆」や「学童疎開」など、記事に出てくる被爆や戦争中の暮らしに関する言葉を解説するコーナー「キーワード」も盛り込んだ。

 点字データと音声データは、NPO法人全国視覚障害者情報提供施設協会(大阪市西区)の運営するネットワーク「サピエ」でも提供する。障害のため読書が困難な人は、サピエの利用登録をすれば自宅のパソコンや携帯電話で内容を知ることができる。

 センターの川崎令子主任(46)は「中学・高校生向けなので、分量も内容も読みやすい。点訳したことで、広島でしか入手できない資料も、全国の視覚障害のある人に使ってもらえるようになった。平和学習に役立ててもらいたい」と話している。

関連本を展示 広島県立図書館

 若者に平和や命の尊さについて考えてもらうため、「学ぼうヒロシマ」が紹介する「おすすめの本」。ヒロシマや戦争をテーマにした絵本や漫画、小説、ノンフィクションなど計96冊が幅広くリストに挙がる。広島県立図書館(広島市中区)は多くの人に知ってもらおうと、うち91冊を展示し、貸し出しに応じた。

 出入り口に近い書架に集めた。平和記念公園(中区)の原爆の子の像のモデルになった佐々木禎子さんを描いた「折り鶴の子どもたち」や、映画化もされた原爆被害の体験記集「原爆の子」など。西区出身の漫画家こうの史代さんの「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」や「この世界の片隅に」も並んでいた。

 原爆の日と、終戦の日をはさんだ8月1~31日に展示し、利用者の関心を引いた。期間中は、7割に当たる63冊が貸し出された。展示を担当した同館の八田節子主査(42)によると、中学・高校生だけではなく、小学生や大人も手に取っていた。八田主査は「本にバラエティーがあったので、利用者が読みたい本を見つけやすかったのではないか。平和について考えてもらうきっかけになったと思う」と話していた。

「学ぼうヒロシマ」とは

 中学・高校生向け平和学習新聞「学ぼうヒロシマ」は、被爆体験に基づき世界に平和を訴えてきた被爆地広島の願いを若者たちに受け継いでもらおうと、中国新聞社が昨年に続き今年も、広島国際文化財団の協賛を得て制作した。

 中学生用、高校生用ともタブロイド判、カラー、24ページ。内容は、朝刊に連載中の被爆者の証言記事「記憶を受け継ぐ」がメーン。中学1年~高校3年の中国新聞ジュニアライターが同行取材した感想も併せて載せている。被爆証言の一部は英訳も掲載。中学、高校の各レベルに合わせた英語の確認問題も付けた。

 また、原爆投下の背景や理解度をチェックするワークシートや、中学・高校それぞれの知識や関心に合わせた推薦図書なども盛り込んでいる。被爆者の取材をテーマに、印象深かったことや疑問を感じたこと、学んだことを振り返るジュニアライターの座談会も載せている。

 今年は計20万5千部印刷。広島県内の全ての中学生・高校生に加え、山口県内でも岩国や柳井など市町教委が中国新聞社と新聞活用協定を結んでいる県東部10市町の公立中学などに、販売所を通じて届けた。

 感想文を、今年初めて募集した。広島、山口両県の36校から1857点の応募があった。

 この特集は、山本祐司、二井理江、瀬良友和、小林可奈、小笠原芳が担当しました。

ご意見を募集

 「学ぼうヒロシマ」は、被爆・戦後70年となる来年も制作・配布します。内容をさらに充実させるため、感想や改善点の提案、活用例を学校現場などから募集しています。  ご意見などあれば、ヒロシマ平和メディアセンターまでお寄せください。ファクス082(236)2807。メールアドレスkidspj@chugoku-np.co.jp

(2014年11月11日朝刊掲載)

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