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社説・コラム

天風録 「健さんと運動靴」

 高倉健さんは「寒青(かんせい)」という言葉がお気に入りだった。冬の松のこと。風雪の中で青々と生きて人を愛し、信じ、触れ合いたいとエッセー集「旅の途中で」に書き残す。骨太な生きざまを思う▲その健さんが涙した外国映画がイランの「運動靴と赤い金魚」。主人公の貧しい少年が、大切な靴をなくした妹のためにマラソンに出る。靴が3等賞だからだ。ところが優勝し、望まない旅行券を前に途方に暮れて…▲かつて劇場で見た折、周りも涙ぐんだのを思い出す。本当の豊かさとは、優しさとは。遠い中東の映画に考えさせられた。いま円安株高で迎えた日本の聖夜とも重なる。景気のまだら模様を映し、「二極化」が鮮明に▲宝飾品にブランド時計。都会では高額商品が好調と聞く。年末年始のハワイ旅行も人気のよう。逆に身の回りのことで、精いっぱいの人も多いはずだ。冬の松ならぬツリーがあふれる街の声なき声に、どう耳を傾ける▲イブの政権発足に喝采の永田町。国民の視線に混じる寒風を感じているか。五体をきしませて、足のまめが破れても妹のために運動靴を取ってやりたい。かの映画への思いを健さんはつづった。その覚悟が政治家にありやなしや。

(2014年12月25日朝刊掲載)

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