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社説・コラム

『書評』人間の残虐性問う 青来有一さん「人間のしわざ」

 長崎の「土地の記憶」をたどり、物語を紡いできた長崎原爆資料館長で芥川賞作家の青来有一さん(56)=長崎市=が、小説「人間のしわざ」(集英社)を刊行した。戦後70年を経てもなお、紛争や殺りくが繰り返される世界を、被爆地から問い掛ける。

 表題作の語り手は、家庭を持つ女性「わたし」。学生時代から思いを寄せる、戦場カメラマンの男性と長崎の海辺のホテルであいびきする。ソマリアの内戦での「黒人兵の死体」や、チェチェン紛争での処刑の光景など、男の「記憶」が次から次に語られる。

 物語の核にもなっているのが、約30年前、雪の長崎であったローマ法王ヨハネ・パウロ2世のミサだ。その前に訪れた広島で教皇は「戦争は人間のしわざです」と演説した。青来さんは、殉教の歴史や紛争が続く世界に思いをはせ、「なぜ、神は何もしないのだろう、という疑問があった」と明かす。虚構の一人称の力を借り、人間の残虐性に徹底して向き合った。

 もう一つの収録作「神のみわざ」では、戦場カメラマンの男性の視点で、同じテーマを突き詰める。舞台は、有明海の干潟。「まさに、ぬかるみの中をかいていくように、苦しみながら描いた」と振り返る。

 芥川賞受賞作「聖水」や谷崎潤一郎賞を受けた「爆心」など、一貫して長崎の殉教や被爆の歴史にこだわってきた青来さん。「被爆70年の節目の年。長崎や広島だけでなく、世界の現状にも目を向けるきっかけになれば」と力を込める。

 四六判、182ページ。1620円。(石井雄一)

(2015年5月14日朝刊掲載)

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