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社説・コラム

『この人』 放影研の理事長に就いた 丹羽太貫さん 被爆者に向き合う覚悟

 被爆者に何を返せるのだろうか―。広島、長崎の被爆者から提供された血液などを基に、世界の放射線防護の基準作りに貢献してきた放射線影響研究所(放影研、広島市南区)の7代目理事長に先月20日就任。責任の重さを痛感しつつ、自問自答を続けているという。

 京都大理学部から同大大学院へ進み、放射線生物学研究室に所属。放射線が生体に及ぼす作用とメカニズムに夢中になり、研究職を選んだ。1984年から13年間、広島大原爆放射能医学研究所(今の原爆放射線医科学研究所、南区)に勤務。放影研のデータに接し、遺伝的影響の研究に没頭した。ただ当時は試料の提供者である被爆者の存在を「意識していなかった」。

 転機は福島第1原発事故の被災者との対話だった。被災者に「この線量ならリスクはこの程度」と説き、猛反発された。「低線量でも放射線を恐れる人たちの気持ちを理解していなかった」。2012年9月、福島県立医科大に請われて特命教授に就任。福島市内に居を構え、住民の声に個人的に耳を傾けるようになった。今、「人々の思いを聞いてこそ、自分に何ができるか見えてくる。まずは被爆者に向き合い、思いを聞くことから始めたい」と覚悟する。

 「放射線が引き起こす事象のメカニズムはまだ、解明すべきところが多い」と研究への意欲は尽きない。若手の研究者不足も指摘されるが「アクティブに質の高い論文が出せていれば、若手もおのずとついてくる」と自信を見せる。京都市左京区に妻を残し、広島市南区に単身赴任中。兵庫県芦屋市出身。(田中美千子)

(2015年7月9日朝刊掲載)

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