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連載・特集

新天地に暮らす 中国地方の移住者 元人気ロックバンドメンバーの農業・中村明珍さん=山口県周防大島町

安心食材でマルシェ

出産や子の医療 不安も

 芝生の中庭を囲むように配置されたテーブルの上に、新鮮な野菜や卵、蜂蜜などが並ぶ。山口県周防大島町の八幡生涯学習のむらで、オーガニック(有機栽培)の農産物や加工品を販売する「島のミニマルシェ」を1日、移住者仲間の生産者と始めた。

 毎月第1、3土曜の午後に開催する。1日はキュウリやズッキーニなどを販売した。客に調理法などを紹介し、「納得できる方法で作った安心な農産物を味わって」とPRした。

原発事故が転機

 埼玉県所沢市出身。明治大を卒業後、2003年からロックバンド「銀杏BOYZ」のギタリスト、チン中村として活躍し、若者から支持を集めた。

 東京から移住したきっかけは、11年3月の福島第1原発事故。安心して子育てできる環境を求め、妻貴子さん(39)、長女優月ちゃん(6)の3人で、貴子さんの祖母の住む周防大島にやって来た。13年春から野菜やオリーブ、梅を栽培。同11月、銀杏BOYZを正式に脱退した。

 神奈川や千葉、広島県からの移住者と知り合い、14年春から年2回の「島のむらマルシェ」を運営。2千人を集めるイベントに育てた。「若い移住者は環境や食の安全に対する意識が高く刺激を受ける」と言う。ミニマルシェは、消費者と接する機会をもっと増やそうと企画した。

 自宅を構える和佐地区は、7月末時点の人口が152人。高齢化率は79%に達する。祭りではみこしを担ぎ、本年度は自治会の役員にもなった。家には、朝水揚げした魚や収穫したての野菜が届くこともある。「子どもを地域で育ててくれる」と話す。

 一方、出産や子どもの医療環境には不安も。7月18日に長男海陽(うみはる)君が生まれた。貴子さんが出産した柳井市の病院は車で片道1時間以上。「お産は近い所でできる方がいい」と願う。

「よそ者」として

 「農業は素人。バンド時代は『俺が、俺が』だったけれど、とにかく先輩の話に耳を傾けるのが新鮮」と感じる。「地元に恩返しを」と昨夏、歌手二階堂和美さんたちを招いて音楽イベントを自宅近くの公民館で開いた。老いる島を守るために「よそ者」として何ができるか、島の人たちの顔と瀬戸内の海を見ながら思いを巡らせる。

 「東京は恋しくないし、ギターも手にしない」。バンド時代は朝が白み始める頃、布団にもぐり込んだ。今はその時間に目覚められるのが「心地よい」と笑う。「周防大島で面白いと思ったことを、仲間たちと全国に伝えたい」と意気込む。(久行大輝)

 <山口県周防大島町の移住促進策>中学3年までの子どもの医療費無料化を所得制限なしで実施。保育所・園に2人以上が同時に入所する場合に2人目以降の保育料を無料化し、保育所・園での英語教育も展開する。町定住促進協議会に移住後の家計相談に乗るファイナンシャルプランナーを配置。空き家をリフォームした「島暮ら荘」を設け、移住希望者に2~4週間貸す。移住体験ツアーも開く。

提言・注文

狙い絞った情報発信を

 移住者の受け入れを増やすには、子育て世代など、どういう人に来てほしいか狙いを絞って情報発信した方がいい。とりわけ、子育てや地域の付き合いに不安を感じている女性にどんなフォローができるかが重要だと思う。

(2015年8月12日朝刊掲載)

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