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社説・コラム

95年NPT会議議長 ダナパラ氏に聞く 中東非核化 約束のはず

 今春、米ニューヨークの国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議では、最終文書案に核軍縮の措置をどこまで盛り込むかをめぐり、保有国と非保有国の対立が深刻化した。だが会議の決裂を招いたのは「中東非核化を議論する会議の開催」を提案する文面だった。NPTにおける「中東」とは何なのか。1995年の再検討会議で議長を務めたジャヤンタ・ダナパラ元国連事務次長(76)に聞いた。(金崎由美)

 ―NPTの条文にない中東非核化で会議全体がひっくり返るとは分かりにくいです。
 中東を「核兵器を含めた大量破壊兵器のない地帯にしよう」とした95年の会議での約束がなかったら、今ごろはNPTもない。それだけ重要な課題だ。

 ―その時の会議は、どんなものだったのですか。
 70年に発効したNPTは、25年後に失効か延長かを決めることになっていた。冷戦期の政治情勢を反映し、米国、ロシア、英国など5カ国だけは核兵器を持てるという不平等条約だ。保有国は無期限延長を望み、米国は猛烈なロビー活動を展開。強く反発したのがアラブ諸国だ。

 ―交渉は困難を極めたと聞きます。
 会議の終盤、アラブ諸国が「中東に関する決議があればいい」と取引を打診してきた。中東で唯一、NPTに入らず、保有宣言はせずとも核兵器を持つイスラエルへの反発からだ。南アフリカ政府の協力で交渉を続けた。米国、英国、ロシアが共同提案国になり、「中東を非大量破壊兵器地帯にし、全ての国がNPT加盟国になることを求める」と決議することで、ぎりぎり決着した。

 ―「再検討・延長会議」の歴史的成果だと評されます。
 強調したいのは、「条約の再検討プロセスの強化」「核軍縮・核不拡散に関する原則と目標」「条約の無期限延長」という決定に、中東決議を合わせた四つを「パッケージ」としたことだ。切り離せない。核軍縮や中東決議の実行は、条約の無期限延長と引き換えに保有国が自ら約束したことなのだ。

 ―「核兵器保有の無期限延長」になっていませんか。
 私は会議の閉幕時に演説し、「持てる国を永続化する『核のアパルトヘイト』ではいけない。核兵器なき世界へ進まなければならない」とくぎを刺した。ところが、5カ国は現状維持を決め込んだ。日本を含めた同盟国も追認している。中東決議は棚ざらし。再検討会議は形式化し、いまや儀式のようだ。

 ―今春の再検討会議で最終文書採択を拒んだのは米国と英国、カナダでした。エジプトなどの意見を反映し、イスラエルの会議出席を求めるに等しい内容を米国は非難しました。
 NPT体制の維持よりも、NPTに入らずに核を持つ国を守る―。そう言ったに等しい。非保有国としてNPTにとどまっているアラブ諸国の不満がいつか噴き出し、NPTの構造が崩壊しかねない。

 ―アラブ諸国も強硬に過ぎませんか。複雑な中東の地域問題にNPTは揺さぶられ続けるのでしょうか。
 中東会議の開催は5年前の再検討会議でも合意した。開けないことが問題だ。NPTと地域問題をリンクさせないよう努力しながら2017年にあるNPT準備委員会に向け、再度努力すべきだ。そもそも政治情勢がどうであっても核兵器を持ってはならない。イスラエルの説得こそがオバマ米大統領の責任だろう。

 ―明るい兆しは…。
 大きな問題は各国が条約の維持に本気とは見えないことだ。その点で(NPTに加盟する)イランと欧米など6カ国の核協議の最終合意は久々の好材料だ。外交努力はまだ機能している。

 ―核兵器の非人道性をてこに禁止条約、廃絶へ進もうとする機運も高まっています。
 そこに希望がある。化学・生物兵器と違い、核兵器には禁止条約がない。オーストリアがこの「法的ギャップを埋める」よう呼び掛けている。95年に決めた「再検討プロセスの強化」の履行として議論に入ってはどうか。NPTに内在する欠陥を是正すべく、全ての国が不断の努力をしなければ将来は暗い。

 ウィーン国際機関スリランカ政府代表部大使、駐米大使などを経て98~03年、国連事務次長(軍縮問題担当)。現在、ストックホルム国際平和研究所副理事長、「パグウォッシュ会議」議長。包括的核実験禁止条約(CTBT)機構準備委員会「賢人グループ」の一員として、8月に広島市で開かれた会合に出席した。

(2015年9月4日朝刊掲載)

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