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連載・特集

緑地帯 「原爆の図」の旅 岡村幸宣 <8>

 これは芸術なのか、それとも政治運動の象徴か。「原爆の図」は、しばしば両極に引き裂かれ、論議を呼び続けてきた。

 もちろん、その成立も含め、政治的背景を切り離すことはできない。しかし「原爆の図」は、シュールレアリスムの影響を受けた水墨画家の丸木位里と、卓越した線の描写力を持つ油彩画家の丸木俊が、互いの表現をたたかわせ、共同制作でしか描けない絵画の地平を切り開いた実験作だ。「伝統」を踏まえながらも「前衛」であり、「日本画」と「洋画」の技法が溶け合い、「記録」と「記憶」の間をさまよい、「過去」と「未来」の視点から、核時代を生きる私たちを揺さぶり続ける。

 私自身、今も「原爆の図」の前で揺さぶられている。絵の真価が理解されるのは、ずっと先の未来なのかもしれない。ただ言えるのは、芸術か政治かという二者択一ではなく、それらを両輪にしながら世界と切り結び続ける、先鋭的で多様な可能性を秘めた絵画だということだ。

 2015年の米国展は、丸木夫妻の没後初の大規模な国外巡回展だった。今も分かれる原爆投下の是非をめぐる議論を超えて、「原爆の図」が再評価すべき芸術として見いだされる機会になった。

 被爆71年のことしも、国内では名古屋や神戸、神奈川県平塚市での展示が予定されている。秋からは、ドイツのミュンヘンで企画される「戦後美術展」に招致したいという依頼も寄せられた。

 「原爆の図」の旅は、まだ終わらない。(原爆の図丸木美術館学芸員=埼玉県)=おわり

(2016年4月2日朝刊掲載)

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