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社説・コラム

どう見る米大統領広島訪問 元外務事務次官・薮中三十二氏 メッセージ 歴史に残る

  ―オバマ米大統領の広島訪問が迫っています。
 任期中の訪問が実現するのは良かった。現職の大統領が核兵器の悲惨さに理解を深め、あらためて「核兵器のない世界を目指さないといけない」と発信する。その姿が米国のメディアにも流され、発言が記録に残る。米国を含めた全世界へ、メッセージが流れる。いい意味で、レガシー(政治的遺産)になる。

  ―世界の核軍縮の現状をどう見ますか。
 オバマ氏は就任直後、核兵器なき世界に向けた努力を宣言し、ノーベル平和賞まで受賞したが、残念ながら任期中の核軍縮は目立った進展を見せなかった。東アジアについて言えば、逆行する動きすらある。「絶対に認められない」という強いメッセージを出す機会にしてほしい。

  ―逆行する動きとは。
 非常に懸念されるのは北朝鮮の核問題だ。核兵器保有国と宣言している。報道ぶりや識者の話から「あの国は核を放棄しない」と諦めのようなものを感じるが、許してはいけないことだ。もっと危機感を持たないと。

 厳しく言えば、オバマ政権が掲げる「戦略的忍耐」も失敗だった。いちいち踊らされない、との姿勢だろうが、北朝鮮は結果的に核能力を高めている。核実験やミサイル発射が強行されるたび、安保理決議を出して制裁をしているが、成果を出せていない。

  ―内部告発サイト「ウィキリークス」が2011年9月に公開した09年の米外交文書で、薮中さんはオバマ氏の広島訪問について米側に「時期尚早」と伝えていた、と指摘されました。
 以前の取材でも答えた通り、それは言っていない。謝罪のための相互訪問にするのは感心しない、との趣旨なら伝えた。核兵器廃絶のための訪問にすべきだとの考えからだ。

 被爆地に立てば核の悲惨さが伝わる。犠牲者へ哀悼の意を示すことも当然ある。ただ目的が謝罪となると、米国内からいろいろ意見が出る。ホワイトハウスが「謝罪のためでない」と言うのも、そのためだ。大統領が核兵器なき世界へ思いを深め、もう一度、表明する機会になればいい。

  ―日本政府の役割は。
 二重の意味で大きな責任と役割がある。日本は被爆国であり、世界有数の経済大国だ。進んだ核関連の技術も持つ。そんな国が保有国にはならない、保有するなんてやってはいけないと訴える。日本にしかできないメッセージだ。「核の傘」の下にいるからと遠慮することなどない。(田中美千子)

  やぶなか・みとじ
 1948年大阪府生まれ。69年に外務省入省。アジア大洋州局長時代に北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の日本代表を務め、注目を集めた。2008年に事務次官就任。10年に退き、現在は立命館大特別招聘(しょうへい)教授。野村総合研究所顧問も務める。

(2016年5月24日朝刊掲載)

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