×

社説・コラム

社説 ポピュリズムの世界 民主主義は試練の時だ

 この「熱狂」は、これからどこへ向かうのだろうか。8年前、「核兵器なき世界」を掲げるオバマ氏を大統領に選んだ米国民が今度は、核戦力の強化を公言するトランプ氏を選んだのである。

 むろん両氏の支持層は異なる。トランプ氏を押し上げた人々の平均像は、製造業を中心に安定雇用を得ていた白人男性である。「ラストベルト(さびた工業地帯)」という言葉に代表される、没落しゆく中間層だ。対して、オバマ氏の側は、黒人をはじめとするマイノリティーではなかったか。

 とはいえ「アメリカ・ファースト」とトランプ氏が叫ぶと、「アメリカは世界の警察官ではない」というオバマ氏の訴えが反響して聞こえる-。米国の保守思想に詳しいジャーナリスト会田弘継さんは、かねてそう読み取っていた。

憎悪呼ぶ危うさ

 米国は米中枢同時テロ以降、膨大な戦費をつぎ込んで殺し殺される戦争を続け、そこから抜け出そうとするオバマ氏が支持された。トランプ氏も同盟国への軍事協力の見直しに言及している。もはや国の中で手いっぱいじゃないか、という民意は奔流となった。

 だが、トランプ氏についてはポピュリズム(大衆迎合主義)の危うい面を指摘すべきだろう。

 むろん、世界に広がるポピュリズムが全て民主主義の敵だと、一刀両断に語るつもりはない。

 しかしトランプ氏を支えたポピュリズムには偏見や憎悪をあおる危うさがある。雇用の拡大を叫ぶ一方で、反移民や反イスラム、多様な生き方を否定するスローガンを持ち出してはばからない。

 この「トランプ現象」と英国の欧州連合(EU)離脱決定は、欧州でオランダ、フランス、ドイツと続く、ことしの選挙に大きな影響を与えそうだ。各国でポピュリズム政党は伸長してきたが、日本もモデルにしてきた民主主義の先進地で何が起きているのか。

成長なき時代に

 欧州政治史研究者の水島治郎さんは、極右とみなされてきたオーストリアの自由党やフランスの国民戦線などを挙げ、今では民主主義の原理を基本的に受け入れた上で、既成政党を批判している-と分析する。ポピュリストが依拠するのは国民投票や住民投票といった直接民主主義の手法なのだ。リベラルの価値観を掲げ、イスラムは民主主義に反する、と非難する理屈も支持されているという。

 リーマン・ショック以降、ユーロ圏は財政規律堅持へ緊縮財政の策を取り続け、中間層は雇用や生活を圧迫されてきた。成長なき時代の民主主義はリスクと負担も再配分せざるを得ない。そこへ移民や難民の流入、続発するテロという問題が大きくのしかかる。

 欧米の民主主義は今、狭く険しい道を歩もうとしている。ポピュリズムの荒波にも耐え得るのか、それとも変質していくのか。2017年は全世界がそれを直視せざるを得ない年になるはずだ。

 その目線をわが国にも向けてみる。国会では安倍晋三首相が年金制度改革法審議中に「こんな議論を何時間やっても同じですよ」と言ってのけ、蓮舫代表率いる民進党はカジノ法審議で組織の体をなしていないことを露呈した。

 これで万一、日本の安全保障に関わる不測の事態が起きた時に、政党政治が正しく機能するのかどうか、いささか心もとない。

 地方議会では政務活動費の不正が相次いで明るみに出た。東京都では前知事の政治資金の私的流用疑惑が浮上し、新知事の下では五輪や市場移転に伴う都政のブラックボックスぶりが白日の下にさらされた。成長なき時代に既得権の乱用だけが続けば、人々の不安や怒りに火がつくのは当然だ。

自浄作用働かせ

 それをさらに扇動するポピュリズムが出現すれば危うい。民主主義は三権分立によって互いをチェックする原点に立ち戻り、自浄作用を働かせなければならない。

 昨年、101歳で大往生したジャーナリストむのたけじさんは「強風でも散らぬ葉がある。無風でも散る葉がある」と言い残した。民主主義は自ら鍛えるものである、と受け止めたい。

(2017年1月1日朝刊掲載)

年別アーカイブ