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社説・コラム

『言』 核兵器禁止条約の行方 世界の対立 解くのは日本

◆黒沢満・大阪女学院大大学院教授

 核兵器を非合法化する「核兵器禁止条約」の交渉が、3月から国連で始まる。核兵器を持たない国々や市民社会から期待が高まる一方、核保有国は自国の安全保障に深刻な影響を及ぼすとして反発している。条約交渉の展望や日本政府に求められる役割について、軍縮国際法の第一人者である大阪女学院大大学院の黒沢満教授(72)に聞いた。(聞き手は論説委員・東海右佐衛門直柄、写真・山崎亮)

  ―核兵器を禁止する流れに、被爆地では歓迎ムードが広がっています。
 実は私は心配しているのです。核兵器の非人道性に関心が高まる中、条約自体はできるでしょう。ただ歓迎できる内容になるのか、これによって核兵器廃絶に近づくのか、少し不安があるのです。

  ―何が問題なのですか。
 条約といっても、その手法はいくつかあります。現在、多くの非保有国が支持し、有力なのは「核保有国が参加しなくても、まずは核兵器の使用と保有を禁じよう」という方法です。核兵器の配備や威嚇なども禁止される可能性があります。この場合、米国の「核の傘」の下にある日本などが入るのは難しくなります。保有国はおろか、被爆国も入らない条約になれば、効果は限られてしまう。保有国と非保有国の対立が深まり、廃絶の議論が結果的に遠のくかもしれません。

  ―では、どうすれば…。
 枠組み条約という形がいいと考えます。「核兵器なき世界を目指す」というおおざっぱな内容だけを法に定め、具体的な義務の設定は、別の議定書で交渉を進めるというものです。例えば、地球温暖化の防止を定めた条約はこの方式で、これに基づく締約国会議が毎年開かれています。米国も、核兵器なき世界を目指すという点については明確に約束していますから、これなら多くの国が参加できると思うのです。

  ―そうしたソフトな仕組みで本当に効果がありますか。
 確かに、いつ核兵器をなくすのか、具体的措置をどう進めるのかは、すぐには具体的にならないでしょう。でもあいまいなまま、各国が対立しないよう進めることも国際政治には重要です。枠組み条約になれば、今後は複雑な多国間の協議を続ける必要があります。核保有国を巻き込む長期戦略を描くには相当のエネルギーが要ります。それでも廃絶を目指すために核を巡る世界の対立を解くことが鍵であり、その役割を担うべきは日本だと考えます。

  ―条約の交渉開始に反対した日本が、その役割を本当に担えるのでしょうか。
 日本政府が、保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任するのなら、今こそ踏ん張り時です。必要なのは政治家のイニシアチブ(主導権)です。1997年に対人地雷禁止条約が議論となった際、日本は当初、米国との関係などから参加しない予定でした。しかし当時の小渕恵三外相が政府内の反対を押し切って署名し、国際的な地雷禁止の流れを決定づけたと言われています。今回、広島選出の岸田文雄外相は、北大西洋条約機構(NATO)の国々などと連携し、「これなら核の傘の下にある国も乗れる」という案と戦略を練るべきだと思うのです。

  ―今後の被爆地の役割をどう考えますか。
 米国のケリー前国務長官が昨年4月に広島の原爆資料館を訪れた時、「胸がえぐられるような経験だった」と述べ、核兵器のない世界を目指す重要性を訴えました。核を巡る議論は、国際政治の堅苦しい事柄だと捉えられがちです。けれど人間の感性がそこには大きく影響しているのです。資料館でじっと遺品を見つめれば、核兵器がもたらした悲劇が伝わり、見る人の考え方をがらりと変える。それが被爆地の力です。

  ―トランプ米政権が誕生し、「核兵器なき世界」の実現には不透明感が漂っています。
 昨年のオバマ氏の訪問で広島は盛り上がりました。しかしもうそれで満足している場合ではありません。条約の議論が水面下で進む今こそ、非常に重要なのです。被爆地から「日本政府が議論を主導するべきだ」と強く訴えてもらいたいのです。

くろさわ・みつる
 大阪市生まれ。大阪大大学院法学研究科(博士課程)単位取得退学。新潟大教授、大阪大院国際公共政策研究科教授などを経て08年現職。日本軍縮学会初代会長。著書に「核兵器のない世界へ」「軍縮問題入門」など。

(2017年2月1日朝刊掲載)

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