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連載・特集

変わる岩国基地 巨大軍事拠点化 どう影響 空母艦載機移転 7月にも開始

 在日米軍再編で岩国市の米海兵隊岩国基地に米海軍厚木基地(神奈川県)から空母艦載機が移転するスケジュールが1月、国から地元自治体に示された。ことし7月にも配備が始まり、2018年5月にかけて7部隊計61機が順次移転する見通しだ。移転が完了すれば、極東最大級の米空軍基地とされる沖縄県の嘉手納飛行場の約100機を超え、約120機が駐留する巨大軍事拠点となる。一方で住民生活への影響は不透明だ。米国のトランプ政権も引き継ぐ「日米同盟の深化」。岩国基地はその象徴としての側面を色濃くしている。(文・野田華奈子、写真・天畠智則)

米海兵隊岩国基地への米軍の配備・移転

駐留極東最大級へ 住民生活の不安なお

米軍機倍増 120機に

 日本政府の説明では、艦載機を搭載する原子力空母ロナルド・レーガンが横須賀に寄港するのに伴い、早ければ7月以降にE2D早期警戒機の部隊が岩国基地に移転する。11月に厚木基地周辺の騒音の主因であるFA18スーパーホーネット4部隊のうち2部隊が、2018年1月にはEA18Gグラウラー電子戦機とC2輸送機がそれぞれ移転。同5月に残るFA18の2部隊が移る見通し。これにより軍人約1700人、軍属約600人、家族約1500人の計約3800人も移り、岩国基地内や市中心部の愛宕山地区で建設が進む米軍家族住宅に住む。

 中国四国防衛局によると現在の岩国基地の米軍機数は約60機、軍人・軍属など約6400人。艦載機移転(61機、約3800人)によって、米軍機は倍増の約120機、約1万200人となる。

 艦載機移転に伴い国がこれまで岩国基地内と愛宕山地区の施設整備などに投じた費用は、06~15年度で計約4234億円(契約総額)に上る。

 厚木基地に所属するE2Cの後継機E2D5機は「配備前訓練」を理由にことし2月、岩国基地に飛来した。

空母艦載機とは

技量維持へ離着陸訓練反復

 岩国基地に移転を予定する空母ロナルド・レーガンの艦載機は、第5空母航空団9部隊のうち、ヘリコプター2部隊を除く7部隊計61機。日米両政府が再編計画に合意した2006年当時の計59機から一部の機種と機数に変更があり、日本政府は移転機数を計61機とみている。大半の48機がFA18スーパーホーネットだ。

 空母は神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地を母港とし、艦載機を搭載して洋上に展開。横須賀には点検や整備のため年間計200日ほど入港する。艦載機は空母が入港する前後、厚木基地に飛来。訓練などで厚木を拠点に離着陸や飛行を繰り返し、騒音をまき散らす。

 米海軍によると、海上の空母に着艦するためには極めて高い精度が要求されるといい、訓練を重ねて技術を保っているという。出港前にはパイロットの技量維持のため、地上の滑走路を空母の甲板に見立てて離着陸を繰り返す陸上空母離着陸訓練(FCLP)が原則、硫黄島(東京)で実施される。艦載機が厚木と硫黄島を往復するため、出港が近づくと基地周辺はさらに騒音が増大する。

 日本政府は移転に関連し、新たなFCLP施設建設の候補地として、岩国基地からの距離が硫黄島よりも近い馬毛島(鹿児島県西之表市)を購入する方針だ。

 だが、1月にあった岩国市議会全員協議会で、土地購入後から施設完成までの期間を問われた国側は「10年程度かかる」との見通しを示した。そうであれば艦載機の岩国移転後も当分の間、硫黄島を使用することになる。厚木から硫黄島までの約1190キロに比べ、岩国からの距離は約1350キロと長く、米海軍は長距離移動のリスクも指摘している。

再編の狙い

米、アジアの即応性向上

 日米両政府は2006年5月、艦載機の岩国移転を含む在日米軍再編計画に合意した。日本政府はこれまで再編の目的について、「沖縄などの基地負担を軽減しながら抑止力を維持するため」と地元自治体に説明している。

 背景には、アジア太平洋地域を重視し、多様な事態への即応性を高めようとする米軍の態勢構築がある。在日米軍トップのジェリー・マルティネス司令官は昨秋、岩国基地について「地勢上、戦略的な位置にあり、どんな作戦運用にも対応できる」と言及。固い日米同盟の存続を強調した。さらに基地関係者と市民の交流に触れ、「他の基地の模範になる素晴らしい関係を築いている」と述べた。

 また、在日米海軍司令部幹部は「人口が密集する厚木より、滑走路が海側に移設された岩国の方が安全に訓練できる」と移転のメリットを説く。海兵隊や海上自衛隊と共存できる重要性も指摘。軍事動向が注目される北朝鮮や中国との距離的な近さも「利点になる可能性がある」とみる。

 「配備前訓練」として2月に米国から岩国基地に到着したE2Dを運用する、第125早期警戒飛行隊のダニエル・プロハースカ隊長は「世界でも最新鋭の航空機搭載レーダーを持つ。日米同盟の強化に寄与できることを誇りに感じる」とあいさつし、任務の重要性をにじませた。

騒音被害

国の「縮小」予測に疑問も

 大都市圏の市街地に位置する厚木基地の騒音被害を巡っては、周辺住民が約40年にわたって国を相手に飛行差し止めや損害賠償を求める訴訟を繰り返してきた。岩国基地の騒音を巡る初の司法判断でも2015年10月、山口地裁岩国支部が騒音の違法性を認めた。

 厚木と同様、基地周辺住民が国を相手取った「岩国爆音訴訟」。判決は過去の騒音被害に限って総額5億5800万円の損害賠償を命じた。一方、艦載機移転で騒音が悪化すると推認し、基地滑走路の沖合移設による騒音対策効果の限界も示した。

 司法も認める違法な「うるささ」が、さらに岩国に移ってくる。だが、厚木の艦載機の騒音が立地の異なる海に面した岩国基地周辺でどう聞こえるのかは未知数だ。

 国は日米合意した06年に艦載機移転後の騒音予測を発表したが、移転機数や機種などが当時の状況と変わった点を踏まえ、ことし1月に更新した。

 新たな騒音予測によると、住宅防音工事の助成対象区域(第一種区域)の基準となるW値(うるささ指数)75以上の区域が、06年当時の現況と比べて由宇町の一部で拡大。「全体的には縮小する」とみる。70W以上の範囲は周防大島町や和木町の一部で拡大した。

 岩国基地の1日の標準飛行回数は06年当時の326回から4割増の458回と見込むが、第一種区域は約1600ヘクタールから4割の約650ヘクタールに縮小するとの見通しを示している。

 一方、「現在の米軍機の飛行実態に即していない」と騒音予測を疑問視する声もある。廿日市市の市民団体「岩国基地の拡張・強化に反対する広島県西部住民の会」は、最近の飛行は廿日市市周辺でも頻繁に見られるとして、予測のやり直しを国に求めるよう市に要請している。

安心安全・地域振興策

岩国市要望43項目 8割が「達成」「進展」

 岩国市は米軍再編に理解を示し協力する姿勢を取りながらも、艦載機移転について「容認」を明言していない。詳細な移転スケジュールが米側から示され、すでに岩国基地内外で準備が進む中、市は最終判断をする時期を迎えつつある。

 艦載機移転問題が最大の争点となった2008年2月の市長選。再編への協力姿勢を示した現在の福田良彦市長は、移転に反対した井原勝介前市長に1782票差で勝利した。就任間もなく、将来的な艦載機受け入れを想定し、住宅防音工事の対象区域拡大や日米地位協定の見直しなど43項目の安心安全対策と地域振興策を国に要望。実現に向けた国との協議は現在も続く。

 福田市長は、移転容認の判断は「協議の先にある」とし、要望の達成度合いを一つの目安とする。市によると43項目のうち8割に当たる34項目が「達成」か「進展中」だという。

 ことしに入り艦載機移転が現実味を帯びてくると、市と国のやりとりも「条件闘争」の様相を呈してきた。国が市と山口県に移転のスケジュールを説明した1月20日。福田市長は「今度は国が政治判断を」と岸信夫外務副大臣たちに具体的な事業名を挙げて地域振興策の実現を迫った。

 そのわずか1週間後に開かれた市議会全員協議会で、国側は岩国南バイパス南伸の事業化検討に言及。福田市長が新たに要望した給食費無料化や防犯灯などの設置についても予算措置を明言した。2月5日に市内で福田市長や村岡嗣政知事と会談した菅義偉官房長官も「安全確保や騒音防止に万全を期す」と述べ、「目に見える形」で振興策の実現を図るとした。

 08年度から市や周辺市町が国から直接受け取っている米軍再編交付金は、移転が「18年5月ごろ」まで続く見通しとなったのを踏まえ22年度まで交付される。15年度までの交付額は計約18億1200万円で、市は22年度までに総額約201億円が交付されると見込む。だが、市が要望する期限延長と増額のめどは立っていない。

 一方、政府は在日米軍再編で基地負担が増える都道府県向けの交付金について、16年度としていた期限を3年間延ばすことを決めた。17年度予算には前年度比1千万円増の20億1千万円が計上され、山口県に全額が交付される。

 県と市は移転の前提として在日米軍再編の根幹である普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設の進展を挙げており、沖縄の動向も注目される。沖縄の負担軽減が進まないのに、岩国だけ負担を抱える状況は再編の目的に沿わない、との考えだ。これに対し、1月27日の市議会全員協議会で宮沢博行防衛政務官は「(辺野古移設を巡る昨年12月の)最高裁判決によって移転事業が進むので、一つの見通しにはなった」との認識を示した。

<米軍再編交付金や基地関連の補助金を使った岩国市の主な事業>

事業名            総事業費(かっこ内は充当率)
ごみ焼却施設建設       194億8千万円( 75%)
いわくに消防防災センター建設  73億2千万円( 75%)
子育て支援(医療費助成など)  19億9千万円(100%)
岩国学校給食センター建設     7億1千万円( 95%)
岩国シロヘビの館建設       2億4千万円( 90%)

※ごみ焼却施設建設の総事業費は見込み。子育て支援は2008~15年度の総額

愛宕山地区

家族向け住宅7月完成 運動施設 市民と共同使用

 岩国基地から西に約3キロの愛宕山地区では、中国四国防衛局が艦載機移転のために必要な米軍施設を建設している。米軍家族住宅エリア(約28ヘクタール)と運動施設エリア(約16ヘクタール)で構成され、市は施設整備を「準備行為」として認めている。

 中国四国防衛局は2月、施設の中で最も早い3月末に完成予定だった野球場が、4カ月遅れて7月末にずれ込む見通しを発表。観覧席を支えるコンクリート部材を造る工場が昨年4月の熊本地震で被災し、部材の搬入や施工に遅れが生じたためと説明する。

 ことし5月末には米軍家族住宅262戸のうち半数の131戸が完成し、7月末には野球場とともに残りの131戸も完成する予定だ。コミュニティーセンターは10月末、陸上競技場は2018年2月末の完成をそれぞれ目指している。

 運動施設エリアは米軍と市民が共同で使用することを前提に建設される。開門時間内であれば原則、身分証などをチェックされることなく自由に立ち入りできる。使用料や予約方法などの詳細な使い方については、市と国と米軍の3者で協議を進めている。

<艦載機の岩国移転を巡る主な動き>

2006年 5月 日米両政府が神奈川・厚木基地の空母艦載機移転を含む在日          米軍再編最終報告に合意
  08年 2月 移転容認派が推す福田良彦氏が岩国市長選に初当選
     10月 福田市長が安心・安全対策と、海上自衛隊航空機部隊を岩国          に残すよう求める要望書を国に提出
  09年 3月 福田市長が幹線道路網整備など地域振興策への協力を国に要          望
  10年 5月 約1キロ沖合へ移設した米海兵隊岩国基地の新滑走路運用開          始
  12年 3月 山口県住宅供給公社と国による愛宕山地域開発事業跡地の売          買契約が成立
     12月 国内2カ所目となる軍民共用の岩国錦帯橋空港が開港
  13年 1月 国が艦載機移転時期について、3年程度遅れ17年ごろにな          る見込みと県と市に伝達
     12月 県と市はKC130空中給油機の岩国基地への移転を容認す          る考えを国に伝達
  14年 5月 愛宕山で米軍施設整備開始
      8月 岩国基地が、米軍普天間飛行場(沖縄県)からKC130          (15機)の移転完了と発表
  17年 1月 在日米海軍司令部が、艦載機移転は「ことし後半に開始され          る予定」と発表▽国が艦載機移転の具体的な時期や機数を県          と市に伝達▽市議会が全員協議会を開催
      2月 艦載機のE2D5機が「配備前訓練」のため岩国基地に到着

(2017年3月7日朝刊掲載)

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