×

社説・コラム

『論』 福島の避難指示解除 被災者に帰還せかすな

■論説委員・下久保聖司

 政府が、事故を起こした東京電力福島第1原発の周辺自治体に出していた避難指示の解除を進めている。3年前からの動きで、今春もエリアを広げる。これまでに解除された地域では、住民帰還は平均1割程度。二の足を踏むのはなぜか。今年も、福島県を訪ねた。

 「地物のマコガレイは絶品。あれを取れないのが心残りだ」。浪江町から福島市に避難している鈴木幸治さん(64)の顔にやるせなさがにじむ。前は、太平洋に面した請戸地区で漁業を営んでいた。避難指示は今月末に解かれるが、もう町に戻る気はない。「政府や学者が言う安全なんて、何の説得力も持たない」。政府や東電への怒りや不信感を抱く被災者は決して少なくない。

 こうした中、政府は「居住制限」「避難指示解除準備」両区域の解除を進めている。今月31日に浪江町、川俣町、飯舘村、来月1日に富岡町で規制を解く。これで当初11市町村の約8万1千人に出された避難指示は対象区域の約7割で解除となる。政府としては「帰還困難区域」以外は、片付けてしまいたいのだろう。

 解除を急ぐのは、東電の損害賠償額を確定させる狙いがあったようだ。これにより精神的苦痛に対する慰謝料(1人月10万円)は来年3月分で打ち切られる。どこかで区切りを付けるべきだとの声もある。しかし東電の救済ありきというなら、とても納得できない。

 今回対象となる4町村の住民登録は計3万2千人。「古里に戻りたい人の意思は尊重すべきだ」と鈴木さんは言う。その上で、帰還をせかす政府の姿勢をこう見ている。「政治の都合ではないか。3年後の東京五輪前に福島問題は片付けてしまおう、と」

 東京五輪の招致活動で安倍晋三首相は原発を「アンダーコントロール(管理下)」だと強調した。今回の避難指示解除を公約実行としたいのだろう。ただ放射線による人体影響は十分解明できておらず、通院や買い物も前のようにはいかない。先日取材した被災者が口々に不安を訴えたのも当然だ。

 「解除は時期尚早だ」。政府と浪江町が年明けに県内外の10カ所で開いた住民懇談会では反発が相次いだ。会場の雰囲気を裏付けるのが復興庁の住民アンケートである。町民の8割に当たる約1万5千人が対象となる避難指示解除に合わせ、「戻りたい」と答えたのは17・5%にとどまる。解除に向け昨年11月に始まった「準備宿泊」登録もあまり増えなかった。

 それでも馬場有町長は先月、政府案の受け入れを表明し、「町を残すには、今この時期の解除が必要」と訴えた。町長の熱意は分からないでもない。ただ、戻る人と戻らない人に分かれ、特に子育て世代に帰還の機運が広がっていない。先行解除された区域の帰還率は平均1割程度にとどまるため、各自治体に焦りが広がっている。

 「帰町しない場合、昇格・昇給させない」。原発20キロ圏にある楢葉町の松本幸英町長が先月、町職員に伝えていたことが分かった。

 避難指示の解除から1年半がたっても町民の11%(約770人)しか戻っておらず、町長は町職員が率先すべきだと「踏み絵」を迫った。到底受け入れがたい発言である。町長は速やかに撤回すべきだが、政府も知らぬ顔では済まされない。解除後のまちづくりをどうサポートしてきたのか。企業誘致や補助金だけなく、もっと前面に立たねば真の復興は描けまい。

 今月末、もう一つ大きな動きがある。福島県による自主避難者への住宅の無償支援が打ち切られる。避難指示の解除ともリンクする話である。戻りたくても戻れない事情をたくさん抱えていても、行政から「それは、あなたの都合にすぎない」と扱われる恐れが生じかねない。

 原発事故6年は「まだ」と言うべきだろう。政府も東電も一向に見通しが立たない廃炉作業には悪びれてはいない。なのに、被災者ばかりせかせるのはおかしい。放射性物質が半分に減る期間を「半減期」と呼ぶ。大量にまき散らされたセシウム137は30年。事故を起こした当事者たちの責任はまだ少しも軽くなっていない。

(2017年3月9日朝刊掲載)

年別アーカイブ