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社説・コラム

社説 放影研70年 透明性の確保 忘れるな

 放射線影響研究所(放影研、広島市南区)の前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)が米国によって開設されて、きょう70年になる。長年解析した被爆者のデータは、国際的な放射線防護基準の土台になっている。その背景には、望むと望まざるにかかわらず採血などで協力を求められた被爆者の複雑な思いがあった。研究を進める上で、それを忘れてもらっては困る。

 そもそも研究は軍事目的で始まった。米国は冷戦下、核戦争を想定していたのであり、被爆者の願う核兵器廃絶とは相いれない。調査対象の広島、長崎の被爆者からは「検査はするが、治療はしない」とも批判された。「モルモット扱い」との反発が起きても仕方がなかった。

 その後、1975年に日米両政府が共同運営する現在の放影研に改組された。広島の被爆者をはじめ行政や大学、医療機関などの意見を聞く仕組みも設けるなど、地元に歩み寄る努力を重ねてきたことは間違いない。

 蓄積した研究の意味は重い。放射線が数十年かけ、がん死亡のリスクを上げることなど健康への影響を解明してきた。その代表が、被爆者ら約12万人の死因やがん発生率などを追跡する「寿命調査」だ。多くの被爆者を長年追跡してきた唯一の研究の国際的評価は確かに高い。

 一方、研究の限界もかねて指摘されている。例えば原爆投下から約5年の間に亡くなった被爆者が調査対象から外れている点だ。放射線の影響を受けやすい人を除いた解析だとすれば、健康影響が実際より低く出ている恐れもある。計算上補正をしているというが、それで十分補えるのか今も疑問は残る。

 福島第1原発の事故を機に、低線量被曝(ひばく)の問題への関心があらためて高まっている。放影研によると、100ミリシーベルト以下の被曝では、健康への影響が喫煙など他の要因によるのか、放射線が原因なのか見極められない。

 ただ、核関連施設の作業員を対象にした米国と欧州の調査では、放射線を浴びた分だけ白血病やがんのリスクはわずかながら高まるとの結果が出た。研究者らとの意見交換や国際協力を深め、低線量被曝の影響解明をさらに急いでほしい。

 そのためにも、放影研の「財産」を外部の専門家に公開することが鍵になる。提供を受けた血液などの「生物試料」だけでなく、浴びた放射線量をはじめ被爆者のデータをオープンに活用できないか検討が必要だ。被爆者の個人情報や遺族感情を大切にしつつも、研究の透明性を高めることが欠かせない。

 今のところ、遺伝的影響はあるともないともいえないという被爆2世の健康調査も重要だ。2世への援護措置を国に求める初の集団訴訟が先月、広島地裁に起こされた。関心事だけに、拙速を避けて粘り強く影響の有無を探る努力が求められる。

 福島原発の事故を受け、新たな取り組みに乗り出している。事故収束に当たった「緊急作業従事者」2万人の調査である。始まったばかりだが、培ったノウハウは、被曝した作業員のために生かさなければならない。

 広島市が提案した中区千田町の市の施設への移転が検討されている。比治山から市中心部に下りてくるなら、それを機に、より市民に開かれた研究機関として生まれ変わるべきだろう。

(2017年3月10日朝刊掲載)

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