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社説・コラム

天風録 「フクシマの牛」

 大きな絵を見た。暗く不気味な荒野が広がる。地割れして木々は倒れ、壁も無残に崩れ落ちて、黒い水が流れる。まるで世紀末の風景に、1頭の牛がいる。何が起きたか、どこに行くべきか、分からぬようだ▲宮城県出身、加川広重さんの水彩画「さまよう牛」である。2・7メートル四方あるが巨大な絵のごく一部。全体は「フクシマ」という作品で縦5・4メートル、横16メートル以上に及ぶ。水素爆発した福島第1原発の原子炉建屋を描く▲「さまよう牛」は建屋内を、空想で表現した部分。気仙沼市の美術館で眺めるうち、日本社会の暗喩に思えてきた。計り知れぬほど巨大な災害を経験し、傷つきながら、いまだ出口を見いだせない私たちを例えた絵ではないかと▲東日本大震災から6年。福島原発の廃炉は見通せない。被災地では防潮堤やかさ上げの工事が進むが、住民はどれほど戻るだろう。思案する住民を、「牛」は象徴するのか。避難先でいじめに遭う子どもの姿も重なる▲一方で原発が再び稼働し始めた。復興五輪など巨額のインフラ整備が進む。あの日、反省したはずなのに。国の全体像や歩むべき方向が見えているだろうか。考え直さねば、さまよい続けることになる。

(2017年3月11日朝刊掲載)

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