連載・特集

核なき世界への鍵 条約交渉を前に 「非人道性」指摘 何度でも

 核兵器の使用は人の道を外れている―。その非人道性を巡り、赤十字国際委員会(ICRC)はヒロシマの実態を踏まえ、医療機関の無差別破壊と放射線被曝(ひばく)による「救護の壁」を訴える。かたや最新の科学は、地域的な核戦争で気候変動・飢餓が起きるリスクを警告する。27日に「核兵器禁止条約」の制定交渉会議が始まるのを前に、72年前の「あの日」の一端と、未来の「起こしてはならない日」の想定から、核兵器の限りない非人道性をみる。(水川恭輔、金崎由美)

1945年 8・6 あの日

1 核兵器使用の苦痛は救急・医療・救援施設の破壊で倍増する

赤十字国際委員会のケレンベルガー総裁

トランプ米大統領就任 岐路に立つ議論

 スイスに本部を置く赤十字国際委員会(ICRC)のケレンベルガー総裁が2010年4月に発した声明は、核兵器の「いかなる使用」も禁止すべきだとしたのがポイントだ。

 核兵器使用に関し、国際司法裁判所(ICJ)は1996年に「一般的に国際法違反」としつつ、「国家存亡が懸かる極端な自衛状況」では判断できないとしていた。声明はこの「抜け道」を、人道的視点の新たな法規制で完全に閉ざそうとする狙いがあった。

 12年に、スイスなど16カ国が非人道性と非合法化を訴える共同声明を発表。その後、共同声明は回を重ねるごとに賛同国が増加。13~14年の非人道性に関する3度の国際会議には各国の政府代表が参加し、被爆者の訴えと、最新の科学的分析に基づいて非人道性への認識を深めた。

 保有国の米英は第3回会議に参加したが、禁止には反発。日本政府は、安全保障を米国の「核の傘」へ依存しながら、各国の為政者に核兵器の非人道性を理解してもらおうと被爆地訪問を呼び掛けてきた。しかし「核の傘」の下にとどまる以上、いかなる使用の禁止も視野に入れる非保有国とは隔たりが増すばかりだ。

 廃絶への機運は、核超大国の米国がオバマ前大統領の下で「核兵器なき世界」を掲げたために追い風を受けた面がある。核戦力増強に意欲を語るトランプ大統領への政権交代で、しぼみかねない。議論はまさに今岐路にある。

2 この病気を治すには廃絶しかない

看護婦養成所2年生だった上野さん

救護…残る悔い

消毒液に浸したガーゼをかぶせる それぐらいしかしてあげられなくて

 「体中のやけどの傷口から、音を立ててはううじ虫を器いっぱいに取っては、消毒液に浸したガーゼをかぶせる。それぐらいしかしてあげられなくて…」。上野照子さん(87)=広島市西区=は悔しさが消えない。爆心地から1・5キロの広島赤十字病院(現中区)で、原爆投下後の約2カ月間、休みなく救護に当たった。

 当時、敷地内にあった救護看護婦養成所の2年生。倒壊した木造寄宿舎にいたが一命を取り留めた。火が迫る鉄筋の中央病棟から担当患者を背負って逃げた。

 病院は医師5人を含む職員51人が通勤中などに犠牲になっていた。その中で、直後から負傷した被爆者が病院に殺到し、約3週間で延べ3万1千人に達した。上野さんたち生徒も昼夜を問わず看護に追われた。

 放射線の急性障害で次々と出血や紫斑、脱毛に襲われる患者たち。備蓄していた医薬品はすぐに尽き、治療どころではなかった。「1人で30人ほど受け持ち、『きついよ』と呼ばれて行くと、息絶えていた方もいました」。担当した人だけでも毎晩のように7、8人亡くなり、空き地で火葬する日々が続いた。

 9月上旬に病院を視察した赤十字国際委員会(ICRC)のジュノー医師は壊れきった設備や器具を前に途方に暮れたという。患者に輸血をしようにも「血液検査の材料がない」(手記『広島の惨虐』)。

 市医師会によると、医師225人が原爆死。直後の県調査では市内の医師、看護師の9割が「罹災(りさい)」していた。市外から大勢の医師たちが救援に来たが、残留放射線を浴びて被爆者となった。上野さんは懸念する。「当時は放射線の影響を知らんかった。フクシマの大混乱を考えてみなさい。核兵器が使われたら手がつけられんよ」

長崎原爆病院の朝長万左男院長

白血病・がん… 消えない健康リスク

 米国が広島に投下した原爆は熱線、爆風によって爆心地から半径約2キロ圏内を全壊全焼させた。500メートル圏内の死亡率は1945年11月の日米合同調査で96・5%に及び、さらに上回るとの見方もある。脱毛や出血などの急性期障害がほぼ終息した45年12月末までに約14万人の命を奪った。

 放射線は遺伝子を傷つけ、被爆者に生涯にわたる健康リスクを負わせる。被爆10年に向け急増するのは白血病。長崎原爆病院の現名誉院長、朝長(ともなが)万左男(まさお)さんたちの研究によると、ピーク時の発生率は一般人の4~5倍、小児に限れば数十倍に及んだ。

 「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、恐るべき原爆を世に訴えてくれるだろう」。現在の原爆ドーム保存につながる日記を残した楮山(かじやま)ヒロ子さんは1歳で被爆し、16歳で白血病で死去。1歳年上で「原爆の子の像」のモデル、佐々木禎子さんは12歳で命を絶たれた。被爆50年を過ぎて、白血病に移行しやすい骨髄異形成症候群(MDS)増加も知られるようになった。

 臓器の「固形がん」は被爆10年ごろから増え、高止まり傾向。入市被爆者のうち特に8月8日までに入った人の固形がんによる死亡リスクの高さが、広島大原爆放射線医科学研究所の近年の疫学調査で分かってきている。

20××年 起こしてはならない日

3 限定的な核戦争で気候変動・飢饉・飢餓が起こる

IPPNWのヘルファンド共同会長

「核の冬」のシナリオ 「真剣に憂慮すべき時だ」

 2千万人が直爆により死亡。大火災で巻き上げられた500万トンの灰やすすが成層圏に達し、地球を覆うとともにオゾン層を破壊。太陽光が地上に届かず、気温低下は過去千年で最悪レベルとなる。トウモロコシや小麦の一大産地である中国、米国は大凶作に。

 これらは、核拡散防止条約(NPT)に加盟せずに核武装し、国境紛争で一触即発の状態にあるインドとパキスタンが広島型原爆(16キロトン)計100発を使った場合の「核の冬」シナリオだ。欧米の気象学者や地球物理学者による複数のシミュレーションに基づく。

 さらに研究を進めた核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は2013年、「結果として20億人が『核の飢餓』にさらされる」とする報告書を発表した。関わった米ラトガース大のアラン・ロボック栄誉教授(67)は「現実の出来事を検証するのとは違うが、非常に詳細なシミュレーションだ。スーパーコンピューターを使った気象予測や気候変動のモデルの進化により可能になった」と言う。

 国連が設置した「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の作業部会報告書の執筆を担うなど、気象学の第一人者。放射性物質による汚染はもとより、地球環境という側面からも核兵器の非人道性に注目するよう訴える。

 「核の冬」の議論は、約7万発の核が世界に存在した米ソ冷戦期の1980年代に活発化した。現在、核兵器数は推定で約1万5千発。「その1パーセント未満の数でも、使われれば被害は甚大だ。紛争の激化に加え、誤発射やテロ、サイバー攻撃の危険はむしろ高まっている。『核の冬』を改めて真剣に憂慮すべき時だ」。ロボック氏は指摘している。

4 誰にも、私たちのような目に遭わせてはならない

広島で被爆したサーロー節子さん

現代都市で推定 建物堅固でも多大な犠牲

 推定約1万5千発あるとされる核兵器は超大国の米ロ、緊張が続くインドとパキスタンのほか、英仏中、イスラエル、北朝鮮の計9カ国が持つ。近年、搭載機からの落下などの事故が機密解除の公文書からより明らかに。専門家はテロリストへの供与・盗難リスクを指摘。核戦争はおろか、1発存在するだけでも危険との認識が強まっている。

 現代の都市で1発が爆発すれば、どうなるか。被爆から復興を果たした広島市で推定した調査がある。2007年、当時の市国民保護協議会の専門部会(部会長・葉佐井博巳・広島大名誉教授)がまとめた。

 00年の国勢調査(人口112万6千人)などを基に、平日の日中に市街地が核攻撃されたと想定。1945年に比べ堅固な鉄筋建築が増えてはいても、初期(被爆から3~4カ月以内)の死者は広島型原爆(16キロトン)で6万6千人、60倍の威力の水爆(1メガトン)で37万2千人に上った。

 水爆ではほかに46万人が負傷し、その多くが爆心地から半径7・9キロで起こる大火災で死亡するとの見方も。原爆の被爆による白血病・がんの「過剰発症」は計1万3千人に及ぶとされた。

 部会報告書は「(被害を防ぐ)唯一の解は廃絶」と結論。14年の第2回核兵器の非人道性に関する国際会議で、この報告書を基にした「100万都市」の被害推定が取り上げられた。会議では、広島で被爆したサーロー節子さん(85)=カナダ・トロント=が訴えた。「廃絶は未来世代のための緊急の道徳的義務だ」

(2017年3月14日朝刊掲載)
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