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連載・特集

緑地帯 朴さんの手紙 久保田桂子 <3>

 3月のソウル、友人が働く研究所の3階の部屋を借りて、朴道興(パク・ドフン)さんへのビデオインタビューが始まった。壁が書棚で埋まった一室には私と彼だけで、時折、道を行く車の騒音が聞こえた。

 朴さんは兵隊時代に殴られたことが原因で、左耳があまり聞こえない。ビデオカメラを三脚にセットした後、右耳に大きな声で呼び掛けた。「ヤ・マ・ネ・さ・ん・の・話・を!」

 朴さんは、21歳で召集された話から始めた。釜山に集まった朝鮮半島出身の青年たちは、船で山口に渡り、そこで銃と軍服をもらった。新兵訓練を行った北海道の余市で、同い歳で広島出身の山根秋夫さんと出会う。家の都合で学校に満足に通えなかった朴さんに、山根さんは親身になって日本語を教えてくれた。

 その後、ふたりの所属する部隊は色丹島へ移り、そこで終戦を迎えた。「軍隊はね、面白いこともあったんだ」。朴さんの言葉に、思わず「お、面白かったんですか?」と大きな声で聞き返した。

 怪訝(けげん)な顔の私をよそに、朴さんは戦後送られたシベリアでの話を続けた。厳しい寒さと飢えに、多くの人が亡くなっていく。そんな中、少ない食事を分け合い、寝起きも労働もいつも一緒だったのが、山根さんだった。「3年ぐらい一緒だったけど、私が凍傷にかかってね。病院へ行くことになって、別れてしまった。今でも、山根さんのことを思う夜はね、眠られないこともある」

 朴さんは時に涙を流しながら、2時間半、夢中で山根さんの話をした。(映像作家=長野県)

(2017年3月18日朝刊掲載)

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