×

連載・特集

緑地帯 朴さんの手紙 久保田桂子 <4>

 「軍隊は面白かった」。同年兵の山根秋夫さんとの思い出をたどり、笑顔で話した朴道興(パク・ドフン)さん。私は、そのまま受け止めていいのか戸惑っていた。朴さんは日本人の私を気遣って、当時の良い思い出ばかりを話してくれたのではないだろうか。

 戦時中の「民族を超えた友情」なんて、日本人にとって聞こえのいい美談だ。私は昔から祖父の戦争体験を聞いていたし、他の韓国の元日本兵たちの話もあらためて聞いた。「面白い」なんてことがあるだろうか。それでも、朴さんが山根さんを想(おも)う気持ちだけは、痛いほど感じた。

 その後、朴さんと手紙のやりとりをするようになった。手紙の中で、朴さんは昔、山根さんに手紙を送ったことを教えてくれた。ピアノの工場に勤めていた頃、渡日して浜松のピアノの会社を視察することになり、日本語ができるのを買われて同行したという。その時、山根さんに手紙を書こうと思った。しかし住所を思い出せず、記憶していた彼の故郷の名から「広島県秋田郡」と書いて何通か送ったが、返事はこなかった。

 シベリア抑留者の死亡者名簿に山根さんの名前は見つからなかった。私は戦友会など通じて山根さんを捜したが、一向に行方は分からないままだった。

 私は、朴さんが山根さんと出会った北海道の余市へ行ってみることにした。朴さんは手紙で「そんなことにお金を使うな」と反対したが、やがて折れて、余市での思い出を手紙で伝えてくれた。私はその手紙とともに、フェリーで北海道へ向かった。(映像作家=長野県)

(2017年3月21日朝刊掲載)

年別アーカイブ