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社説・コラム

『論』 米新政権と日本 複数のシナリオ考えよう

■論説副主幹・宮崎智三

 選挙戦の時は、どうせ通らないと思っていたから見ているだけでもよかった。当選が決まってからは、ずっと振り回されている感じだ。就任2カ月余のトランプ米大統領である。政治家や軍人としての経験がなく「型破り」。何を考えているのか、どんな行動を取るのか、予測が難しい。

 ただ経済力、軍事力とも世界一の国のトップである。どっちを向くかで、国際社会に与える影響は大きい。日本も「先行き不透明」と言っているだけでは済むまい。

 そもそも、メキシコとの国境の壁など、現実的とは思えない政策も掲げていたのに、なぜこれほど支持が広がったのか。本当に実現させるつもりなのか。ふに落ちぬ中で頭に浮かんだのは、10年以上前に取材した山口市長選だった。

 構図は単純だった。引退する現職に後継指名された前助役と、自民党の元県議、共産党推薦の新人の争い。前助役が主要4政党の推薦を得て楽勝すると思えた。

 そんな先入観は、元県議の出陣式を見て吹っ飛んだ。政党や労組に動員された人ではなく、近所のおじさんやおばさんたちが集まってくる。草の根の熱気を感じた。

 元県議の勝利には、もう一つ理由があった。前助役らが前市長や市議会と進めていた文化施設建設への疑問である。見直しの訴えがじわじわ浸透した。最大の争点になり、「市政刷新」の旗印とともに無党派層に支持が広がった。

 完成間近となった施設の見直しは、しがらみがないからこそできた「ちゃぶ台返し」のような争点だった。草の根への支持拡大も含め、トランプ氏の勝利と重なる部分があるように思う。

 自由貿易で勤務先の工場がメキシコなど国外に移転し、働く場がなくなった。低賃金で働く不法移民らに仕事を奪われた。トランプ氏は自由貿易や不法移民を批判して、そうした人たちの不満をてこに大統領の座をつかんだ。

 山口市の場合でも気になるのは、その後だ。元県議は、市長になるとすぐ建設工事を中断した。幅広く意見を出してもらえるよう市民委員会も設けた。そこまでは期待通りだった。

 しかし選挙時から敵対していた市議会などの抵抗で、ちゃぶ台を少し持ち上げただけで終わった。工事は再開され施設は完成した。期待した人には「腰砕け」に映ったのだろう。2期目は落選した。

 当選後どうするか、あまり深く考えていなかった印象は共通するが、トランプ氏は、そこまでヤワではないはずだ。医療保険制度改革(オバマケア)見直しや不法移民対策などは議会や司法の壁に阻まれたが、環太平洋連携協定(TPP)や温暖化対策など、ひっくり返したちゃぶ台もある。

 日本から見て最も懸念されるのは、中国やロシアとの関係をはじめ、国際社会での米国の役割を従来通り続けるのか、本当に転換したいのか見えてこない点だろう。

 「米国が世界の警察官であり続けることはできない」などと選挙戦では述べていた。しかし就任後は国防費を大幅に増やす方針を示した。ちぐはぐさは否めない。もともとツイッターでつぶやく短文の政策しかなく、体系的な考えを持っていない―。そんな分析が、すとんと腹に落ちる。恐ろしい。

 どうせ予測が困難なら、「最悪のシナリオ」も含めて頭の体操をしておく必要があるのではないか。米国自身が第2次大戦後に汗を流して作り上げてきた国連などの国際秩序を揺さぶるケースだ。実際、トランプ政権は国連人口基金への資金拠出停止を決めた。

 「敵」をつくることで不満をあおり支持を広げてきた選挙戦と同じように、国外に敵をつくろうとするかもしれない。どちらにせよ、混乱は避けられまい。

 先入観を持たずに、さまざまなシナリオを考えてみよう。例えば20~30年後を見据えた日米関係の議論はどうだろう。70年かかって築かれ、日本の政権交代でも見直せなかったから、短時間では進むまい。それでも、トランプ政権の政策がはっきりしていない今こそチャンスではないか。基地も兵器もない東アジアの実現など、理想に近づくきっかけにしたい。

(2017年4月6日朝刊掲載)

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