連載・特集

[グレーゾーン 低線量被曝の影響] 科学ジャーナリスト大賞受賞 「分からなさ」と向き合う

 低線量の被曝(ひばく)は人間の健康に影響するのか、しないのか。広島と長崎の被爆地にとっては70年以上にわたる身近な問いだ。2011年3月の東京電力福島第1原発事故を境に日本全体で「わがこと」となった。だが科学的には未解明である。本紙朝刊で16年3~11月に連載した「グレーゾーン 低線量被曝の影響」は「分からなさ」の現実と向き合った。「科学ジャーナリスト大賞」の受賞を機にあらためて現状を考える。(金崎由美、馬場洋太、藤村潤平)

内部被曝の評価 議論続く

 放射線を浴びた量に比例して、がんになるリスクが高まることが、被爆者の追跡調査で明らかになっている。広島原爆では爆心地から2キロ程度での被爆に相当する100ミリシーベルトの被爆では、被爆していない人と比べてがんによる死亡率が約5%増える計算だ。

 ただ、浴びた放射線の量が100ミリシーベルト程度より少ない「低線量被曝」の場合、これまでの研究でははっきりしないとされる。放射線や疫学の専門家らでつくる国際放射線防護委員会(ICRP)は、低線量でもリスクは比例関係にあるとの前提に立つが、がんを引き起こす他の要因と現時点では区別ができないとの見方が支配的だ。

 ただ、別の視点もある。重視された「ピカ」による被爆(外部被曝)だけでなく、「ドン」で舞い上がった放射性の土ぼこり(微粒子)を体内に取り込む「内部被曝」の影響も考慮すべきだという考え方だ。注目する研究者は「放射性微粒子近くの細胞は高密度の放射線を浴び、外部被曝に比べて細胞への影響は桁違いに大きい」と強調する。

 内部被曝の問題は、セシウムに代表される半減期の長い放射性元素が大量に拡散した福島でも指摘されている。それだけに、内部被曝を考慮していない被爆者の追跡調査のデータに基づく「100ミリシーベルトでは健康影響がはっきりしない」との考え方を見直すべきだ、と主張する研究者もいる。

 また、原爆での一瞬の被曝と原発事故後の長期的な被曝では、同じ放射線量でも体への影響を同様には語れない、との見方もあり、研究が進められている。被曝した人の集団を長期的に観察する研究では、疫学者たちの国際共同研究「INWORKS」として原発労働者など約30万人の追跡調査がある。

 現代社会では、病気の検査で使うコンピューター断層撮影装置(CT)や飛行機の利用でも被曝することを考えると、日常的に低線量被曝のリスクを背負っている。ただ、さまざまな利益との引き換えを承知しての被曝か、本人が意図しない被曝かでは全く問題として異なる。福島の被曝の問題は後者の最たるものだ。

子の甲状腺がん注視

6年後のフクシマ

 東京電力福島第1原発事故から6年目の今春、被災地の福島県飯舘村、川俣町、浪江町、富岡町の4町村に出されていた避難指示の一部が解除された。避難指示区域の面積は、事故当初の約3割に縮小した。

 政府は、解除の要件の一つに「被曝線量が年20ミリシーベルト以下」を掲げる。国際放射線防護委員会(ICRP)が発表した数値基準や考え方に基づく。一方で、長期目標は「年1ミリシーベルト以下」。公衆(市民)の平時の線量限度とされる数値だ。

 富岡町は4月上旬、町内の142地点で放射線量を独自に測定した。いずれも「年20ミリシーベルト以下」は下回ったが、「年1ミリシーベルト以下」をクリアしたのは約3割の39地点だった。目標を達成するのは容易ではない。

 復興庁が昨年10月に公表した住民意向調査で、富岡町に「戻りたい」と答えたのは16%。避難先で生活基盤ができるなど、帰還しない理由は人それぞれだろう。ただ、避難が長期化したのは、原発事故のせいに他ならない。福島県の避難者は、6年後も約7万7千人いる。この現実を重く受け止めねばならない。

 県内で多発している子どもの甲状腺がんにも注目し続けたい。県民健康調査では事故当時18歳以下の県民の7割に当たる約30万人が検査を受け、これまでに145人のがん(悪性)が確定、39人ががんの疑いとされた。被曝の影響を巡る専門家の見解は割れている。

 しかし、私たちは知っている。放射線と病気の関係の有無を解明するには、息の長い調査が必要だ。爆心地から1・5キロ以内で被爆した人が、白血病の前状態とされる骨髄異形成症候群(MDS)の発症率が高まることが分かったのは、原爆投下から60年以上が過ぎてからだった。胸に刻み、福島を見つめたい。

命への影響 長期的視点で

理論物理学の第一人者 米沢富美子・慶応大名誉教授に聞く

 「低線量被曝」を巡り、何を考えるべきか。科学ジャーナリスト賞選考委員で理論物理学の第一人者である米沢富美子・慶応大名誉教授(78)に聞いた。

  ―このテーマをどう受け止めましたか。
 福島県内で設定された避難指示区域や被曝線量の限度は、現時点での科学の到達点を踏まえた人為的な線引きだ。確たる科学的根拠の反映ではない。

 低線量被曝の影響は、科学的な答えが出ておらず、将来的な解明も困難だろう。しかも、そこに暮らす人々の主観は千差万別。心情に寄り添う態度なしに問題の所在は見えてこない。このような困難な課題を報じるには、相当に慎重な取材が必要だったと思う。

  ―福島第1原発事故は、科学者にも衝撃だったのではないでしょうか。
 「衝撃」の一言では言い尽くせない。科学者は皆、人類の発展に資すると思って発見や発明に力を注ぐ。しかし、予測不能な形で負の結果をもたらすことがある。事故の最大の教訓だ。

 その教訓から学ぶなら、科学者の予測が及ばない結果は起きるかも、と低線量被曝についても謙虚になるべきだ。未解明である以上、「安全だ」と断言するのも「福島は危ない」とあおるのも間違っている。一方、放射線に対する感受性には個人差がある。健康調査など、数十年単位で取り組むしかない。

  ―原子力の民生利用と軍事利用が別々に捉えられてきたことも、被爆国ながら問題への一般の理解が乏しい一因では。
 私は被爆地と縁がある。ニューギニアで戦死した父は長崎市出身だ。古里で応召し、広島へ部隊移動した後、南方に送られた。面会で2回訪れた広島は原爆で壊滅し、父の実家とは音信不通になったままだ。

 京都大では、反核運動にも力を注いだノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹先生と間近に接した。証券マンだった夫との結婚式ではエスペラント語で「原爆を許すまじ」を皆で合唱した。特に1954年の第五福竜丸事件を知る世代は、だれもが原爆反対だった。

 だが原発事故とは結び付けなかった。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故を経ても、平和利用のリスクはゼロでない、という実感が私を含め日本の科学者には欠けていた。事故への反省が薄らぎ、原発再稼働も進む中、事故がもたらした低線量被曝という懸案も過小評価されることを危惧する。

  ―では、どう向き合っていくべきでしょうか。
 命に対する影響は長期的に見ていくべきだ、というのが全て。研究の強化も大切だ。分からない、という結論の蓄積も価値がある。報道機関にも長期的な取材活動を望みたい。

よねざわ・ふみこ
 大阪府吹田市生まれ。京都大大学院理学研究科修了。京都大助教授、慶応大教授などを経て慶応大名誉教授。96年、日本物理学会会長。猿橋賞、科学の発展への多大な貢献をたたえる「ロレアル・ユネスコ女性科学賞」など受賞。

連載を振り返る

 これまでの記事は中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターのサイトに掲載しています。http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=65878

第1部 5年後のフクシマ

 原発事故から5年の福島を歩いた。終わりの見えない避難生活、帰還の選択、除染…。目に見えない放射線と向き合う住民や関係者の思いに迫った。

第2部 フクシマの作業員

 福島第1原発事故後の作業に従事し、白血病で労災認定された男性たちを取材。住民以上の被曝を伴う原発作業員の健康管理、という重い課題を探った。

第3部 ゴールドスタンダード

 放射線影響研究所(広島市南区、放影研)の長年にわたる被爆者調査が打ち立てた被曝リスクの指標。その研究成果の重要性と限界を見た。

第4部 核大国の足元で

 大量の核兵器を保有する米国をルポ。核実験、核兵器製造、原発稼働といった軍事、民間あらゆる分野の核被害や住民の不安に触れた。

第5部 科学者の模索

 わずかな放射線被曝がもたらす健康影響は「ある」「ない」、さらには「有益」という説まで。グレーゾーンの領域に挑む研究現場を追った。

第6部 フクシマ再考

 福島県の子どもの甲状腺検査を巡る問題を考察。原発事故後の汚染水が流出する海の環境や、避難指示区域に生息する野生動物にも焦点を当てた。

第7部 明日に向けて

 避難の基準を「年5ミリシーベルト」で線引きしたチェルノブイリ原発事故の例から、「避難を選択する権利」の可能性を考えた。医療被曝の現状も取り上げた。

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科学ジャーナリスト賞
 日本科学技術ジャーナリスト会議が2006年から大賞1点と優秀賞数点を毎年選出し、執筆者や著者を表彰している。新聞、テレビ、出版やウェブサイト、博物館展示などが対象で、選考では社会的なインパクトを重視する。過去の大賞は、東京大大学院・阿部豊准教授「生命の星の条件を探る」(16年)、毎日新聞・須田桃子記者「捏造(ねつぞう)の科学者 STAP細胞事件」(15年)、NHK「ETV特集 原発事故への道程」(12年)など。中国新聞社からは15年に山本洋子記者が連載「廃炉の世紀」で優秀賞を受けた。

(2017年5月17日朝刊掲載)
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