社説・コラム

『潮流』 五輪と「政治」

■ヒロシマ平和メディアセンター長・岩崎誠

 メキシコとヒロシマの絆はぐっと深まるだろう。2020年の東京五輪で、同国選手団の事前合宿を広島県に誘致する運びになった。

 関係者は原爆資料館などを視察し、被爆地で合宿する意義も評価したという。核兵器禁止条約を後押しする国ならではの姿勢かもしれない。

 スポーツと平和は本質的に切っても切り離せない。被爆地では、なおさらだろう。ただ1994年の広島アジア競技大会の取材を振り返ると、平和の発信ですっきりしない面もあったのを思い出す。

 例えば広島市安佐南区の選手村の入村式で贈ってほしいと、JAの女性グループが用意した折り鶴のレイ。佐々木禎子さんの中学の後輩に当たる被爆女性の発案だったが、組織委員会側から注文を付けられたらしい。添えるメッセージでは禎子さんや原爆に直接触れないでほしい、と。結果として「恒久平和を期待」という一文にとどまった。

 総じて組織委は原爆被害を選手側に伝えることに及び腰に見えた。選手村に平和記念公園の案内コーナーを置く案にも難色を示した。核を持つ中国や、日本の加害責任が問われる国への政治的配慮があったのか。それでも多くの選手や役員が原爆資料館を訪れてくれたことは心強かった。

 そういえば昨夏のリオデジャネイロ五輪の開会式も記憶に新しい。開始早々、広島への原爆投下時刻を迎えるため広島市などは黙とうを求めたが、国際オリンピック委員会(IOC)の「政治的行動」との判断から見送られた。

 3年後の東京はどうか。安倍晋三首相は本来は関係ない国内の政治問題である憲法改正を、五輪に絡める意向を隠さない。被爆国として平和の祭典で何を発信するか気になり始めた。期間中、広島は被爆75周年の8月6日を迎える。そして閉会式が営まれるのは8月9日。言うまでもなく長崎の運命の日である。

(2017年5月18日朝刊掲載)
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