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原爆焦土 魂の映像 相模原の能勢さん 祖父の撮影基に短編映画 「ヒロシマを伝える」

 被爆から間もない広島の街を撮影した映画カメラマン、故鈴木喜代治さんの孫で、同じく映画カメラマンの能勢広さん(47)=相模原市=が、当時の映像と祖父の手書きの撮影メモを使って広島を舞台にした短編記録映画を製作した。「祖父が必死に記録したヒロシマの真実を未来に伝えたい」との思いを込めた。8月に広島市内で上映会がある。(田中美千子)

 映画は「広島原爆 魂の撮影メモ」で28分。鈴木さんが1945年9月21日に広島市へ入り、10月初めまで各地を撮影した際の足取りをたどる内容だ。原爆で焦土となった惨状を捉えた当時の映像や、本人が書き残した撮影メモを紹介している。復興を遂げた現在の市内の様子も映している。

国内外で受賞

 89年に88歳で亡くなった鈴木さんは、多くの科学ドキュメンタリー作品を手掛け、国内外の映画賞を受賞した。45年当時は、国策でつくられた社団法人「日本映画社(日映)」に勤務。日映が原爆記録映画を作るために組織した撮影班のうち生物班に配属され、爆心地一帯や二葉山(東区)に焼け残った樹木などを撮った。

 その後、撮影班は長崎に移動したが、鈴木さんは腎臓の病気で広島赤十字病院(当時)に入院したため同行できなかった。鈴木さんの映像も盛り込んで日映が完成させた記録映画「広島・長崎における原子爆弾の影響」は米軍に接収され、67年まで日本へ返還されなかった。

 能勢さんは「祖父は広島のことをあまり語らなかった。『ひどかった』と漏らしたぐらい」と振り返る。映画化を決めたのは2013年、祖父が残した撮影記録一式の中に「原子爆弾」と記されたメモを見つけたのがきっかけ。日々の撮影記録や映像のスケッチ、使用機材などが26ページにわたってつづられていた。

 メモには「説明の出来(でき)ない心 次から次へ自分を追い越して行く」と、当時の苦悩がにじむ言葉も残る。「祖父の思いも含めて次代へ継承したいと思った」と能勢さん。撮影のため広島に足を運び、45年当時の映像の著作権を所有する日映映像(名古屋市)の協力も得て、ことし1月に完成にこぎ着けた。

広島でも上映

 作品は、第58回科学技術映像祭で文部科学大臣賞を受賞。受賞作の全国巡回の一環で8月12日、広島市中区の市こども文化科学館で無料上映される。能勢さん自身も広島の原爆の日を挟む8月5日から9日に東京都内でも上映会を開き、メモ帳など祖父の遺品も会場で展示する。

 今後も被爆者団体などから非営利目的で上映希望があれば、映画は無料で貸し出すという。能勢さん☎042(777)5557。

(2017年6月19日朝刊掲載)
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