社説・コラム

『この人』 平和記念式典で平和の鐘を突く遺族代表 木村陽己さん

祖母の人生 伝える決意

 被爆72年の原爆の日、亡き被爆者の祖母の存在を感じながら、広島市の平和記念式典で「平和の鐘」を突く。「被爆した方たちがつくってきた、当たり前に暮らせる平和な世の中を受け継いでいきたい」

 祖母の吉本アイさんは昨年8月16日に91歳で亡くなった。その名前が原爆死没者名簿に書き加えられ、ことしの式典で原爆慰霊碑に納められる。先月に市から大役を要請された際、「話が回ってきたのも何かの縁だと思った」と振り返る。

 あの日、広島県府中町の勤め先にアイさんが出社し、建物に入った直後に原爆が落とされた。窓の近くにいて、爆風で割れたガラスが刺さって負傷。そんな体で丸一日、避難者の救護に当たった。翌7日、比治山(現南区)の自宅に帰り、入市被爆した。

 こうした被爆体験は伯母から伝え聞いた話だ。戦後、家業だった魚市場の仲卸を手伝っていた祖母。大学時代を除き、結婚するまで同居していたが、そのそぶりから、原爆について話したくないのだと思い、深く尋ねもしなかった。「でも、聞いていればよかった。復興した今、おばあちゃんが原爆の時にどうしたのか、その後、どうやって暮らしてきたのかを、子どもたちに伝えるのが使命だと思う」

 井口小(西区)の教諭。西区で夫(39)と長女(12)、長男(5)と暮らす。「戦争は駄目とか、核兵器はいけないとか、自分たちでノーが言える人間に育ってほしい。自分が鐘を鳴らすことで意識が変わり、あらためて原爆や平和について考えるきっかけになれば」。祖母の人生に思いをはせ、次代を担う子どもたちのことを考えながら鐘の音を響かせる。(渡辺裕明)

(2017年7月13日朝刊掲載)
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