社説・コラム

社説 長崎市長の平和宣言 核抑止論 正面から問う

 「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたい―。7月に国連で採択された核兵器禁止条約について長崎市の田上富久市長がきのう平和宣言の冒頭で、こう述べたことに大いに共鳴する。

 条約は核保有国や日本の参加を得られていない。それでは実効性がない、という指摘もあろう。しかし、条約は国連加盟国の6割を超える122カ国の賛同を得た。時を置かず核攻撃を受けた日本の二つの都市を明確に念頭に置いたものであり、「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼んでいいだろう。

 田上市長が読み上げた宣言にあるように、私たちも非核保有国や国連などの「人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動」に感謝の念を示したい。

 その上で核保有国と「核の傘」の下にある国に対し、田上市長は「安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください」と述べた。核抑止論を明快に否定した、被爆都市の首長の重い進言ではないだろうか。

 むろん、安倍晋三首相も広島と長崎でそれぞれあいさつし、「核兵器なき世界」を実現するために何が必要か言及した。だが、核保有国と非保有国双方の参画を説くのみで、核兵器禁止条約には触れず、核廃絶の具体的なプランはない。

 あるいは、米国のオバマ前大統領が広島で「私の国のように核を保有する国々は恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない」と述べたほどの決意さえうかがえない。

 広島市の松井一実市長と田上市長はともに、ことしの平和宣言で憲法に触れている。松井市長は憲法の平和主義を体現するためにも条約の締結促進と核保有国と非保有国の橋渡しを政府に求め、田上市長は「二度と戦争をしてはならないと固く決意した憲法の平和の理念」を非核三原則の厳守とともに世界に発信すべきだとした。

 戦争放棄をうたう1項と戦力不保持を定めた2項を維持したまま自衛隊の存在を書き加える憲法9条改正を、安倍首相が打ち出していることと無関係ではあるまい。被爆者の多くは9条の平和主義を「核兵器なき世界」への力にしてきたのではなかったか。その先行きへの漠たる不安感があろう。

 田上市長は平和宣言で、最も怖いのは無関心と忘却である、とも述べた。「被爆者のいる時代」の終わりが近づいている、という表現も用いた。肉声による被爆体験だけには頼れない時代がいずれ訪れる。

 その意味で、20年目を迎えた「高校生平和大使」がきのう全国各地から長崎市の爆心地に集い、「核兵器なき世界」に向けて行動していく、と宣言したことは心強い。長崎原爆の当初の投下目標とされていた北九州市で、被爆都市を想定する市の平和資料館構想が動きだしていることも注目したい。

 「継承」がより重要になり、博物館や資料館などで「モノをして語らしめる」ことの重みが増していく。その思いを強くしたことしの8月6日であり、8月9日である。

(2017年8月10日朝刊掲載)
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