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社説・コラム

『記者縦横』 被爆者の生の声 刻もう

■ヒロシマ平和メディアセンター 山本祐司

 いつも客席の後ろで耳を傾けたあの人を思い浮かべた。広島市中区薬研堀のバーで被爆証言会を続け、7月に37歳で亡くなった冨恵洋次郎さんの姿だ。

 証言会は安佐南区出身のシンガー・ソングライターHIPPY(ヒッピー)さん(37)ら仲間が協力して開くことになり、市井の人が紡ぐスタイルは続く。今月5日、特別版として中区のライブハウスであった証言会に足を運んでみた。

 この日の証言者は、佐々木禎子さんの兄雅弘さん(76)。詰め掛けた約200人に妹の生涯を語った。後半はメンバーたちが冨恵さんの思い出を交えながら、歌と演奏で締めくくった。

 広島市民でないとできない、伝え方だったかもしれない。原爆について聞く客に答えられず、被爆者の生の声から学ぼうと思った冨恵さん。「自分で聞くだけじゃもったいないけえ、お客さんにも聞いてもらおう」。そんなストレートな気持ちで自分のバーで始めたと聞いた。敷居の低さが若者を呼び、11年続いた。

 今年初め、末期の肺がんと知り、見舞った。証言会はやめるのかと尋ねると、かすれ声で「続けるよ」。驚いた。6月の証言会にも出版予定の著書のゲラ刷りを携えて来た。「完成したら記事を書かせてくださいね」。そう言って別れた。

 冨恵さんが旅立った後、本が届き、いち早く記事にした。生きざまに加え、バーで証言してくれた被爆者の生き抜いた姿も伝える。自分も「生の声」を活字に刻みたいと強く思う。

(2017年8月11日朝刊掲載)

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