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社説・コラム

天風録 『無言のまなざし』

 絵筆を銃に持ち替えねばならぬ日が、刻一刻と迫る。限られた時間に何を描き残せば…。画家を志し、夢半ばで戦場へと向かった若者たちの遺作が今、呉市立美術館に並べられている▲キャンバスには、家族の姿や古里の景色が見える。どれもが、かけがえのないものなのだろう。ある画学生は召集が決まると、一晩のうちに自画像を描き上げたという。「写真ではなく、これを遺影に」と言い残して▲何点かの自画像が会場にもあり、足を止める鑑賞客が目立つ。25歳で中国で戦死した山口県平生町生まれの久保克彦さんは、たばこをくわえ、はすに構える自身を描いている。作品の解説によると、戦地では誰とも口を利かなかったらしい。不本意な青春に歯がみしていたのだろうか▲戦没画学生の遺作を集め、20年前に長野で開館した美術館「無言館」の巡回展である。人生を手折られた、自画像のほの暗い眼(まなこ)に射すくめられている気がする。のほほんと生きるわが身を省みると、まさに言葉がない▲「国難」だの「強い外交」だのと、総選挙の折から進軍ラッパのような言葉が躍っている。戦争と平和のどちらに進路を向けるのか。泉下のまなざしが問い掛けてくる。

(2017年10月1日朝刊掲載)

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