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社説・コラム

天風録 『不穏な「火の玉」』

 「この村はどこへ行ってもいい匂がする」と、作家堀辰雄は信州の軽井沢をたたえた。「風立ちぬ」や「美しい村」はこの地に根差し、旧宅は今は文学館に生まれ変わった。先日、館内をじっくり見る機会を得て教わったことがある▲49歳で死の床に就いた堀は、近くの浅間山で米軍演習場が計画されたことに胸を痛めていた。折しも朝鮮戦争のさなかである。幸い、地元の反対運動に加えて、東京大の地震研究に差し障るとの理由で見送られた。堀の願いが風のように通じたのか▲同じ時代、山口県の秋吉台でも射爆場の話が浮上し、当時の県知事を先頭に地元が異を唱えた。米軍はわが山野をなんと心得る、と▲だが昔の話ではない。八幡高原のある広島県北広島町上空で、米軍機らしき機体が「火の玉」を放った。ミサイルを回避するおとり弾というが、農園から動画に撮れるほどの低空訓練に、穏やかでいられるはずがない▲沖縄の東村高江では米軍輸送ヘリコプターが牧草地に不時着、炎上したばかりだ。ヘリ着陸帯を認めた村長もさすがに憤る。海の向こうがざわつくと、穏やかな村も天に不安を覚えずにはいられぬ。何が「国難」か分からなくなってくる。

(2017年10月17日朝刊掲載)

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