連載・特集

引き継ごう 朝鮮通信使の記憶 <4> 岡山大名誉教授(日本近世史) 倉地克直さん

日韓関係を深める機会

 朝鮮通信使に関する記録が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録されるのを目指し、日本学術委員会のメンバーとして韓国側の研究者と資料の選定に携わった。両国の関係者が長年かけて取り組んだ活動が実を結び、うれしい。

 日韓合わせて333点の資料が登録された。寄港地の一つ、牛窓(瀬戸内市)の接待所だった本蓮寺が所蔵する漢詩「本蓮寺朝鮮通信使詩書」(岡山県指定重要文化財)の9点が含まれている。資料は18世紀のものが多い中、牛窓関連は比較的初期の資料が目立つ。9点の漢詩は、17世紀から18世紀初頭に訪れた通信使が牛窓の情景や旅路の所感などを詠んでいる。

 そのうち7点の五言律詩では、前に訪れた通信使が残した詩と同じ韻を踏む次韻(じいん)の技法が用いられている。1711年に訪れた南聖重の詩は興味深い。1655年に同じく牛窓を訪れた亡き父の詩に接し、「本蓮寺で泣いて父の遺作の詩に唱和した」と題して感激の詩を詠んでいる。次韻は、寺と通信使が交流を一過性にせず、続けていこうと努めた友好の証しと言える。

 1980年に岡山大に赴任し、岡山藩の池田家の史料などから通信使の研究を始めた。資料選定に向けて日本学術委員会が2014年に設立され、日韓の研究者が十数回会合を重ねた。地域の偏りがないよう資料を幅広く集めることを重視した。民衆を含め、両国の人々が交流した記録は各地で大切に保存されていた。

 日韓で歴史認識の違う部分もあるが、通信使が両国の友好に重要な役割を果たしたという評価は一致している。登録を機に交流の場となった地域への関心が高まり、両国の結び付きが強まるのを願う。(聞き手は加茂孝之)=おわり

本蓮寺朝鮮通信使詩書
 江戸時代に12回来日した通信使は牛窓に9回寄港し、本蓮寺や岡山藩の御茶屋で接待を受けた。1643(寛永20)年、55(明暦元)年、1711(正徳元)年に詠まれた漢詩9点が世界記憶遺産に登録された。いずれも同寺が所蔵し、岡山県立博物館に寄託している。

(2017年11月6日朝刊掲載)
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