連載・特集

銭村家の軌跡 野球と生きた日系米国人 <7> 再評価の動き

移民の歩み 未来に教訓

 広島カープ(現広島東洋カープ)を離れ、米カリフォルニア州フレズノに戻った銭村兄弟。健三(90)=フレズノ=は中学教諭に、健四はソーシャルワーカーに転身した。

 健四は退職後に妻ローズ(84)=同=が営む和食店を手伝い、2000年に72歳で死去。日本に残った長兄の健次も02年に76歳で亡くなり、健在なのは健三だけだ。来年は、父健一郎の没後50年を迎える。

 そんな一家の歩みを再評価する動きが相次いでいる。中村雅俊やジュディ・オングが出演した07年公開のハリウッド映画「アメリカンパスタイム 俺たちの星条旗」。戦中の強制収容所で野球や音楽を糧に生きる日系人の姿を描く。「健一郎の人生に着想を得ている」と言うのは、製作陣に名を連ねたケリー・ヨー・ナカガワ(63)=同=だ。

 ナカガワは1996年から独自に日系人野球史を調べてきた。当時を知る人の証言を集め、写真などの資料を発掘。米国内外で展示会を開き、記録映画の製作や本の出版、教育教材作りを手掛けた。以前はテレビ局で子ども番組を作っていたが、辞職して打ち込んだ。「強制収容の歴史は米国でもあまりに知られていない。有刺鉄線に囲まれながらも野球を続けた日系人の存在を広めたいんだ」

 活動の原点は自らの家族にある。祖父が広島からの移民。父や伯父は日系2世だ。いずれも野球の才に恵まれ、「日系野球界のベーブ・ルース」の異名を取った伯父ジョニーは健一郎のチームメートでもあった。日本遠征やルースとの対戦を、共に体験している。

 「彼らはメジャーで戦える腕がありながら差別に道を阻まれた。それでも情熱を失わず、日系選手の地位を築いた功績は野球の殿堂入りに値する」とナカガワ。「健一郎は野球を通じて日米交流にも貢献した。外交官のような人だよ」

 作家のビル・ステープルズ・ジュニア(47)=アリゾナ州=も、2011年に健一郎の伝記を出版した。5年がかりで渡航記録や試合内容を調べ上げるほどに興味を持った背景には、01年の米中枢同時テロがある。アラブ系米国人への差別や偏見が広がる中、「強制収容された日系人の生き方から学ぶべきことがあるのでは、と考えた」と言う。

 米国では今、移民に排外的な政策を採るトランプ政権下、白人優越主義が首をもたげる。健三の懸念もそこにある。「人種や宗教を理由に不当な扱いをするのは間違っている。僕らに起きたことは誰にも起きちゃいけないよ」。最近、自身の体験を若者に語るようにもなった。一家が生きた時代と歩んだ道が、未来の教訓になることを願いつつ。(敬称略)=おわり

    ◇

 この連載は田中美千子が担当しました。

(2017年11月22日朝刊掲載)
ページTOP