×

連載・特集

平和メディアセンター10年 ウェブサイト 多言語で訴え ジュニアライター育成も

 「核軍縮、核兵器廃絶のための国際世論の形成や戦争や紛争のない平和な世界の実現に向けて一層の努力を傾ける」。そう掲げて2008年1月1日、中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターは発足。専用ウェブサイトが開設された。

 被爆体験継承や核兵器廃絶に向けた動きなどの取材に当たり、本紙朝刊の「平和のページ」に掲載する。本社と支社総局の記者が書いた原爆・平和関連ニュース、特集・連載、社説・コラムも含めてウェブサイトにアップし、英語を中心に海外にも発信している。

 ウェブ上に掲載した記事は日本語が約2万2600本、英語は5100本。核保有国に広く訴えを広げるために14年から中国語、フランス語、ロシア語にも一部を翻訳する。これまでに200近い国・地域からアクセスがあり、反響や問い合わせが各地から届く。

 センターのもう一つの柱が中学・高校生のジュニアライターの育成だ。若い視点で企画し、取材・執筆する月1回のページ「ピース・シーズ」は50回を超えた。平和のページで100回を超す被爆証言の連載「記憶を受け継ぐ」の取材にも常に参加している。

 戦後70年の15年には、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)について学ぶ欧州スタディーツアーにジュニアライターと大学生を派遣。米ニューヨークの核拡散防止条約(NPT)再検討会議にもジュニアライターが赴いた。

 一方で足元の被爆地でも体験風化が懸念される中、13年からタブロイド判の平和学習新聞「学ぼうヒロシマ」を毎年、20万部余り発行。広島県内の中学・高校と山口県東部の中学を中心に生徒の人数分、無料で届けている。教育現場で広く活用されている。

 具体的な提言も行ってきた。09年には過去のノーベル平和賞受賞者17人の賛同を得て「ヒロシマ・ナガサキ宣言」を発表。平和賞受賞者が共同で廃絶を訴える初の試みで「核兵器廃絶は可能」と世界にアピールした。その8年後、ついに核兵器禁止条約が実現した。

 社員114人を原爆で失い、一貫して核兵器廃絶と恒久平和を訴えてきた中国新聞の役割は今後も大きい。10周年のことしはウェブサイト刷新を計画している。紙面掲載記事の発信にとどまらず、原爆被害や被爆地の歩みなどをより分かりやすく伝える機能の充実、動画を通じた平和の発信、双方向性の強化など、より幅広い役割を担うサイトにしていく予定だ。

新着記事読み立ち位置確認

被爆者 サーロー節子さん=カナダ・トロント市在住

 広島女学院に通った1940年代後半、高校新聞の創刊と編集のため原爆被害の傷痕が残る中国新聞社の2階に駆け上がり、記者から紙面整理の手ほどきを受けた。その後暮らしたカナダで日常的な縁が復活したのがヒロシマ平和メディアセンターのウェブサイトだ。「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に加わって間もない頃で、以来、新着記事を読むのが朝の日課だ。広島でこの問題はどう受け止められているか、私の意見は正しいか。さまざまな問いが浮かぶたび、記事を読んで自らの立ち位置を確かめている。英訳もあるため周りにお勧めできるのも便利。さらなる充実を期待する。(談)

(2018年1月3日朝刊掲載)

年別アーカイブ