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社説・コラム

社説 慰安婦問題の新方針 合意の「原点」忘れるな

 韓国政府が、従軍慰安婦問題を巡る日本との合意について「新方針」を明らかにした。昨年の大統領選で合意の見直しや再交渉を訴えていた文在寅(ムン・ジェイン)大統領だが、懸念されていた破棄の宣言や白紙化はしないという。最悪の事態は避けたのだろう。

 とはいえ、合意の核心部分に切り込む姿勢を見せている。例えば日本政府の10億円拠出は、韓国政府の予算に置き換えるという。これでは「事実上の白紙化」とみられても仕方ない。

 政府間合意の重みと、日本に厳しい国内世論との板挟みになったに違いない。ただ、中身を今更蒸し返すことは、「最終的かつ不可逆的な解決」とした合意に反するのではないか。

 韓国政府に対する不信感が日本で高まり、友好関係に冷や水を浴びせかねない。残念だ。「全く受け入れられない」と河野太郎外相が批判するのも無理はなかろう。

 韓国内には、合意に対する強い批判がある。しかし日本政府による拠出は、合意を交わした時の朴槿恵(パク・クネ)政権が望んでいた。

 村山政権時代に民間の協力を得て設立され、韓国やフィリピンなどの元慰安婦に「償い金」を渡し、医療支援もした「アジア女性基金」は官民出資を軸にした分、日本政府の関与はあいまいだった。今回の合意は、お金を出させることで責任と関与をより明確にしたと評価された。それこそ朴前政権が求めていたことではないか。

 しかも、その10億円を元にした現金支給事業で、2015年12月の合意時点で存命だった元慰安婦47人のうち7割以上から理解は得られていた。

 文大統領はおとといの会見で日本に心からの謝罪を求める考えを示した。「被害者たちが許すことができた時が本当の解決だ」との考え方に異論はない。

 ただ日本政府は、1965年の日韓請求権協定で戦後補償の問題は個人補償を含め法的に「解決済み」との立場を崩していない。謝罪に関して言えば、07年に解散したアジア女性基金は歴代の首相の「おわびと反省」の手紙を元慰安婦に渡していた。

 その後も日本は韓国の要望にできる限り応じてきた。今回も歩み寄って合意に達した。

 今、自制を求める国際社会の声に反して核開発・ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に、日本と韓国が連携して対応することが不可欠だ。中国やロシアの動きに対しても、協力することが求められている。日韓に隙間風が吹けば、地域の平和と安定にも影響を与えかねない。

 言うまでもなく、高齢化した元慰安婦たちに残された時間は多くない。第2次大戦の終結から70年、韓国にとっては植民地支配からの解放70年の節目に日本と結んだ合意である。互いの歴史認識の違いなどを乗り越えて、和解を進め、戦争が生んだ犠牲者を救済する思いが原点にあったはずだ。今こそ思い起こし、政争の具にすることは避けなければならない。

 歴史問題の悪循環を断つには日本の努力も欠かせない。合意は合意として、慰安婦支援には最大限協力すべきではないか。この問題は今、「戦時性暴力」という女性の人権侵害として注目されている。そんな認識が国際社会に広がっていることを胸に刻み、日本はこの問題に向き合い続ける必要がある。

(2018年1月12日朝刊掲載)

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