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フィリピンに原爆孤児絵本 通訳案内士 中越さん制作 施設などに寄贈へ

証言者飯田さんの体験

 3歳で被爆し、孤児となった東広島市の飯田国彦さん(75)の体験が、英語の絵本になってフィリピンに贈られる。交流のある広島県熊野町の通訳案内士、中越尚美さん(55)が同国から広島大へ留学した仲間の協力を得て制作し、首都マニラの印刷会社で近く出来上がる。(山本祐司)

 本のタイトルは「My Story―When I Was Three(ぼくが3さいのとき)」。B5判、28ページで、児童福祉施設や公立小など約50カ所に3千部寄贈する計画という。

 被爆体験証言者の飯田さんは広島市水主町(現中区)の母の実家で被爆した。母、姉を失い、父も戦死した。戦後は叔父に育てられたが、原爆の傷が癒えず、同級生にからかわれ孤独感が募った。それでも中学校の時、掃除に励むと恩師に褒められ、立ち直ったいう。

 絵本のストーリーは中学時代までが中心で、広島大の元留学生で日本に住むフィリピン人の美術教員らに絵を描いてもらい、中越さんが短い英文を添えた。表紙は飯田さんが旧満州(中国東北部)にいた幼い頃の光景をあしらっている。

 絵本化のきっかけは2015年、中越さんが飯田さんと出会い、証言を通訳しながら「親でも親戚でもなく学校の先生が人生を変えてくれた」という一言に心を動かされたことだ。

 絵を描いてもらう中、母国フィリピンで役立てたいという声を聞いた。中越さんも以前からフィリピンへ中古の絵本を贈り続け、子ども向けの本が足りない事情を知っていたという。

 今回、十分な教育を受けられず、親がいないなど恵まれない現地の子どもたちに役立てようと自作の絵本の出版と寄贈を決めた。

 何度も飯田さんに確認しては作り直し、自らも務める原爆資料館のピースボランティアたちの意見も聞いて仕上げた。「生きる希望を持ち、諦めない大切さを知ってほしい」と中越さんは願う。自分の米国留学を支え、09年に亡くなった被爆者の父にも感謝し、今後も英語でヒロシマを発信する意欲を強めている。

  (2018年2月12日朝刊掲載)
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