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社説・コラム

天風録 『反戦の俳人』

 98歳で逝った俳人の金子兜太さんは十数年前から「立禅(りつぜん)」を朝の日課にしていた。立ったまま目をつぶり死んだ人の名前を小声で唱える。恩師や友人ら全部で130人ほど。すーっとし、やがて一人一人の顔が浮かんでくると著書にある▲懐かしい再会ばかりではない。強烈な記憶とともに、名前を思い出せない顔が他にも現れる。海軍主計中尉として赴いた南洋トラック島で戦死した部下たちだ。食糧が尽き、次々に餓死していくのを助けられなかった▲<水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る>。奇跡的に生き残り引き揚げ船から島を見ながら詠んだ。非業の死を遂げた仲間に報い、戦後を生き抜いていく決意がにじむ。平和と自由を追い求める句作の原点だ▲壮絶な戦争体験に基づいた反戦への思いは生涯揺るがなかった。作家のいとうせいこうさんと東京新聞に連載した「平和の俳句」の選者を3年間務め続けた。「アベ政治を許さない」との書をしたためたのも平和が脅かされているとの危機感からだ▲<原爆許すまじ蟹(かに)かつかつと瓦礫(がれき)あゆむ>という句も残る。悲劇を繰り返さぬ決意を胸に、あの日から歩き続けてきた。戦争を知るヒロシマの仲間がまた去った。

(2018年2月23日朝刊掲載)

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