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社説・コラム

社説 在外被爆者の賠償棄却 「時の壁」取り払わねば

 法律上の権利を行使せず一定期間が過ぎると、損害賠償の請求権がなくなる。「除斥期間」という考えで、民法上では20年だ。在外被爆者の援護にもこれを当てはめ、遺族らの賠償請求を退ける判決がきのう、広島、大阪の両地裁で言い渡された。

 広島、長崎で被爆した後、海外に渡った人々は長年、国によって被爆者を援護する法律の枠外に置かれた。この扱いを違法として広島の被爆者遺族たちが国に賠償を求めた裁判である。

 両地裁の判決には首をかしげざるを得ない。在外被爆者援護の「門戸」を閉ざしていた国の責任について裁判官が十分に目を向けたとは思えないからだ。

 「被爆者の権利は海外では失われる」とした、1974年の旧厚生省「402号通達」を巡ってのことである。2003年に通達が廃止されるまで、在外被爆者は医療費や健康管理手当が受けられなかった。今回遺族が訴えた韓国、台湾籍の被爆者5人が亡くなったのは78~95年で、まさに国がかたくなな姿勢を見せていた時期に当たる。

 ただ、被爆者援護法は手当などの支給要件に居住地や国籍を限定していない。在外被爆者らが口をそろえるように「被爆者はどこにいても被爆者」で、積極援護を前提とすべきだろう。

 今回の裁判は、提訴時点で被爆者本人の死後20年以上が経過し、民法の除斥期間に伴って遺族の請求権が消滅したかどうかが争点となった。両地裁は国側の主張を追認した形である。同種訴訟では初の司法判断となった1月の大阪地裁判決から、遺族側の3連敗となった。

 広島地裁は判決理由で「著しく正義・公平の理念に反するとまでは評価できない」とした。在外被爆者が最期まで抱えた無念さや、異国の政府相手に裁判を起こすのに相当の負担や労力を要した遺族の思いを裁判官はどこまでくみ取ったのだろう。

 在外被爆者訴訟に限らず、除斥期間の考え方は他の戦後補償や水俣病訴訟でも適用され、被害者救済を妨げてきた面がある。責任や償いをうやむやにする、こうした「時の壁」は取り払わねばならない。

 何より解せないのは、国の変節である。07年の最高裁判決が402号通達の違法性を認めて賠償責任が確定して以降、国は約6千人と和解に応じてきた。その中には除斥期間が経過していた175人も含まれる。

 ところが一昨年から死後20年以上の提訴について争う姿勢を示すようになる。一連の訴訟で国側は「不注意で除斥期間に気付かなかった」としているが、にわかに信じがたい。提訴の広がりを懸念しているのではないかと見る向きもある。もしそうなら被爆者援護の流れに逆行しており、断じて許されない。

 司法もまた除斥期間の考え方に縛られてはならない。98年の予防接種禍訴訟の最高裁判決は「著しく正義、公平に反する」ケースで例外的に適用を制限する判断を示した。他の訴訟でも除斥期間の起算点を遅らせるなど柔軟な対応が取られていた。なぜ方針転換が起きたのか。

 長崎地裁では同種訴訟が続いており、他にも提訴に至っていない遺族もいよう。除斥期間という「時の壁」で訴えをはねのけてはなるまい。原爆の惨禍は、被爆者や遺族には決して過去の話ではない。

(2018年3月1日朝刊掲載)

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