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社説・コラム

天風録 『将軍の遺訓』

 徳川家康をまつる日光東照宮は、墓所まで長い階段が続く。ちょうど息の切れる辺りに初代将軍の遺訓の立て札がある。<人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如(ごと)し>。なるほどと、土産話になるところがうまい▲難所続きの国家運営が胸突き八丁に差し掛かったのだろうか。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)氏が急に遺訓を持ち出した。韓国の特使に「非核化の目標は先代の遺訓である」と伝えたらしい。父親譲りの軍事最優先の揚げ句、である▲先代を尊ぶのは本来、美談であってもおかしくない。だが、かりそめにも民主主義人民共和国を名乗る限りは世襲と一線を画すべきだ。そうでないと話が違ってくる▲それでも遺訓を掲げるなら、肝心要をお忘れだろう。祖父の金日成(キム・イルソン)氏から引き継いだ「人民に米の飯と肉のスープ、瓦屋根の家、絹の服を」との理念があるはず。非核化と引き換えに「王朝」温存を望んで悪びれないとは、語るに落ちたといえよう▲遺訓とは残された宿題に他なるまい。3代目が負わされた重荷は人一倍だろうが、いいかげん国際社会に耳を貸す時である。「斧(おの)はわが柄(え)を切れず」という朝鮮半島のことわざにもある通り、自らの過ちはなかなか断ち難い。

(2018年3月8日朝刊掲載)

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